Information - Access Damage after Cold Start -

2010年01月01日 00:00

昨年12月に Goo Blog から FC2 Blog に乗り換え、同時に過去ログも新ブログに少しづつ移動していたのですが、ご存じのように3月にブログを休止し、全ログを削除してしまったため、現在、Google にインデックスされることがほとんどなく、よってアクセス数も以前の1/3ほどに激減しています。アクセス数をアップされることが目的ではないのですが、過去にこつこつ書き溜めたログが全く閲覧されないのはちょっと悲しいことなので、今後少しづつ過去ログを加筆・訂正しながら日々のエントリーの間に挿入していこうと思っています。少々見にくくなりますがご了承ください。過去ログにはタイトルの末尾に ReEntry の文字を付けて、新規のエントリーとアップデイトされた過去ログを区別します。どうかよろしくお願いいたします。


Carlo Uboldi  《 Welcome To Nippon  》 2009.11.20 更新曲

 

 

Fabrizio Bosso New Project / Black Spirit

2009年11月25日 21:56

fabrizio bosso black spirit2



High Five Quintet が日本で大ブレイクし、ネコも杓子もボッソ、ボッソと騒いでいたのが5年ほど前のこと。ボッソ参加というだけで、それこそ玉石入り乱れたイタリア産CDが売れた時勢であった。

昨今はだいぶボッソ熱も冷めて、リスナーもボッソが参加しているというだけで喰いつくこともなくなり、本当にイイものだけを選択して買うようになったのではないだろうか。まあ、世のマニアの方々はどうかわからないが、少なくとも僕はそうしている。そりゃそうだろう。不景気だし。

そんな訳で最近では、ボッソの露出度のあまりの高さもあって、彼の参加作品を隅々までフォローしきれていないのだが、その中でもマックス・イオナータの Albore 盤 『 Inspiration 』 でのボッソは最高だった。マックスとのマッチングも良かったし。 《 ボッソの金管 vs マックスの木管 》 というカウンタータイプの多彩なハーモニーが美しかった。

そのマックスの作品に客演したボッソが、今度はマックスに声をかけ自身のリーダー作を制作した。これは超期待できそうだ。

しかもマックスだけではなく、High Five 組からルカ・マヌッツァ、さらにはイタリア・トランペット界の隠れた名手、マルコ・タンブリーニらがそろい踏み!! とくれば、色めき立つイタリアン・ジャズ・ファンも少なくないのではないか。

そして、本作はボッソのリーダー作としては初の純国産品で、制作したのはポニキャニの欧州ジャズ・レーベル M & I ( Norma Blue じゃないよ! ホッと ) 。でもって、プロデューサーは親父ジャズ・ファンの性感帯を知り尽くしたプロデューサー界の重鎮、木全信氏。

Derek Smith / Plays Jerome Kern

2009年11月24日 19:41

derek smith




英国生まれのベテラン・ピアニスト、デレク・スミス ( Derek Smith , 1931~ ) による1980年録音のジェローム・カーン集。

今年5月にVenus Records からピアノ・トリオ作品 『 Beautiful Love 』 がリリースされた時は驚かれたファンも多かったのではないか。さらに9月には早くも第二弾となるソロ作品 『 Love Again 』 をリリースし、好調ぶりを示したデレクだが、この調子だと第二のエディ・ヒギンズとして Venus Recods の看板アーティストになる日も近いかもしれない。

Venus Recods の新作などを聴いてみても、テクニック的には全く衰えていなかったし、こうして改めてデレクのピアノを聴いてみると、確かに Venus Recods が気に入りそうな美しいピアノ・スタイルであることがわかる。流石はVenus Recods。往年の名プレーヤーの蘇生術にかけては天下一品である。

デレク・スミスと云っても若いジャズ・ファンには馴染みいが浅いかもしれないので、簡単に経歴を紹介しておく。

1931年、ロンドンに生まれたデレクは、14歳のときには既にプロ・ミュージシャンとして活躍するほどの早熟ぶりを発揮していた。50年代には数多くのレコーディングに参加し人気もあったが、リーダー作には恵まれなかったようだ。そんな状況に業を煮やしたデレクは、50年代半ばにニューヨークにその活動の拠点を移すことになる。セッション・ミュージシャンとしてスタジオ・ワークをこなす一方、クラブでの演奏でキャリアを高め、、周囲の信望を勝ち取っていった。1961年にはついにベニー・グッドマン楽団での仕事を手に入れ、60年代末にはドグ・スティーブンの Tonight Show Orchestra にも参加し人気を博した。しかしそれでも日本のジャズ・ファンにはまだまだ無名の存在であった。転機は70年代に訪れた。

1976年に渡米後初となるリーダー作 『 Love For Sale 』 が Progressive Records ( テイチク ) からリリースされ、日本でも一気に知名度があがったのだ。その後もコンスタントに吹きこみを行い、76年から83年までの間に計6枚の作品を残している。

 『 Love For Sale 』 1976 ( Progressive )
 『 Bluesette 』 1978 ( Progressive ) 
 『 New Soil 』 1978 ( Progressive )  ※CD再発時タイトル 『 The Man I Love 』
 『 My Favorite Things  』 1978 ( Progressive )
 『 Plays Jerome Kern 』 1980 ( Progressive )
 『 Dark Eyes  』 1983 ( Baybridge )

その後、1994年と2001年に米国独立系レーベルからトリオ作品をだしているようだが、日本では話題にならなかったと思う。

僕個人的には、ジャズを聴き始めたのがちょうどこの 『 Plays Jerome Kern 』 が発売された頃で、ジャズに対する感受性も鋭かった時期であり、今でもこの盤と出会いをディテイルまで鮮明に思い出すことができる。当時初心者の僕は、ジャズ・ピアニストと云えば類に洩れずソニー・クラークとかレッド・ガーランドとかセロニアス・モンクとかビル・エバンスとかしか知らなかったので、デレクのピアノを聴いてビックリしたのと同時にとっても優雅で知的なセンスに心を揺さぶられたのを覚えている。

今回、Venus Records の解説で初めて知ったのだが、デレクは、エディ・ヒギンズ、ディック・ハイマンと並び、米国ジャズ・ピアニストの隠れた三大巨匠のひとりなんだそうだ。( ちなみに表舞台の三大巨匠はキース・ジャレット、ハービー・ハンコック、そしてチック・コリア。 )

デレクは、ジャズの歴史に革命的変化をもたらしたアーティストではないが、ジャズの娯楽性を最大化することでファンの心に確かな幸福な質感を刻むことに成功した職人であると思う。
 
過剰とも言える音数にも関わらず、品位を損なわないのは真の名手たる所以であろう。 そして、高い音楽的クオリティを維持しながらも万人が楽しめる娯楽性豊かなジャズに仕上げる、という難題を高次元でクリアしている数少ないピアニストではないだろうか。

Shelly Berg / The Joy

2009年11月21日 22:25

shelly berg joy



西海岸で活躍するピアニスト、シェリー・バーグ ( Shelly Berg , Cleveland , 1955~ ) が1996年に DMP に吹き込んだ記念すべきデビュー作品。

ピアノ好きなジャズ・ファンの間では1997年のオスカー・ピーターソンに捧げた作品 『 The Will 』 や、寺島靖国氏が絶賛した2005年のコンコード盤 『 Blackbird 』 などが人気がある。しかし、このデビュー盤もそれらと比べても決して遜色ない素晴らしい作品だ。

シェリーはピアニストとして活躍するだけでななく、音楽教育者としても有名である。1996年から98年には国際ジャズ教育協会 ( International Association for Jazz Education : IAJE ) のプレジデントを務めている。また、南カリフォルニア大学(The University of Southern California : USC ) ソーントン音楽学校のジャズ研究科での教授職の経験もある。2007年にはマイアミ大学フロスト校の学部長に任命されている。

そのような素晴らしいキャリアもあって、最近は若手ミュージシャンからの信望も熱く、「シェリー・バーグの薫陶を受け〜」という経歴の紹介文をミュージシャン・サイトでみかける機会が増えた。たとえば最近ではジェラルド・クレイトンがシェリー・バーグにピアノと作曲を習っている。

あらゆるスタイルの音楽に通暁しているにも関わらず、彼自身が奏でるジャズは驚くほどオーソドックスだ。

ギミックを排し、あるときはストレートに小気味よくスイングし、あるときは哀愁美メロでリスナーの涙腺を直撃する。コンテンポラリーな気難しい曲もイケるのだろうが、決してやることはない。常に心地よいスイング感と解放感の演出にその力を注ぐ。聴いていると心底嬉しくなってくる、そんな幸福に満ち溢れた作品だ。

まあ、彼の作品はどれもほどんど同じ作風なのだが、そこがまたイイのだ。

ジャズの聴き手は常に革新的でクリエイティブな音を求めている訳ではない。半世紀以上もの間、繰り返し繰り返し演奏されてきたスイングするジャズを、これからも反復して聴き続けていく中に、快感を求める、そういったジャズの聴き方もあって良いのではないか。この前聴いたジャズとほどんど同じジャズだけど、でもちょっとだけ違う普通のジャズ。そんな微妙な差異の発見にこそ、ジャズの喜びがあるのかも、って最近つくづく思う。

シェリーの素晴らしさはその演奏力だけではない。彼のソング・ライティング力も瞠目すべき点である。本作でも哀愁を帯びたメロディーセンスが光るタイトル曲 ≪The Joy ≫ なども印象的だ。さらにはスタンダード≪ Here's That Rainy Day ≫ のラテン調のアレンジも秀逸であるし、とにかく演奏、作曲、アレンジと、どれをとっても非の打ちどころがない。



Sarah Jane Cion / Summer Night

2009年11月20日 21:20

sarah jane cion summer


サラ・ジェーン・シオン ( Sarah Jane Cion , Florida ) は1999年11月にフロリダのジャクソンビルで開催された第17回グレート・アメリカン・ジャズ・ピアノ・コンペティションで優勝した経歴を持つ女性ピアニスト。と云ってもそのコンペがどの程度の権威をもつものなのか私にはわからないが、その後の彼女のあまりパッとしない活動状況から推測するに、少なくともその優勝経験が彼女のキャリア・アップに益することはなかったのではないだろうか。

サラは現在までに4枚のCDをリリースしている。アルトのアントニオ・ハートが参加した1997年リリースのデビュー作 『 Indeed ! 』 、クリス・ポッター参加の2000年作 『 Moon Song 』 、そしてマイケル・ブレッカー参加の2001年作 『 Summer Night 』 と、NAXOS から順調に作品を発表し、豪華なゲスト・ミュージシャンの参加もありそこそこ話題になった。 『 Moon Song 』 などは 2000年4月,日本のモダン・ジャズ・アルバムの売り上げ4位を記録した( と彼女の経歴に記載されている ) 。しかしその後の活動は音沙汰なく、いつの間にか日本では忘れさられてしまったようだ。

数年ぶりに彼女のピアノを聴いている。近況を知りたくなり Official Site を覗いてみたら、今でもニューヨークを中心に活動していることが分かった。ただし活動場所はカフェやラウンジが中心で、月に2、3度と少ないようだ。Biography を見ても4年ほどまえに拙ブログで紹介したときから寂しいことに全く更新されていない。アルバムは上記のNAXOS 3枚以外にもう一枚吹き込んでいた。ソロ・ピアノによる 『 Lara's Lullabies 』 という2004年の作品だが、どうも子供向けのピアノ作品のようだ。( Lara は彼女の一人娘の名前 ) 

彼女のピアノはエバンス系の典型的な抒情派路線であり、強い個性は見てとれない。エバンスの演奏手法を消化吸収咀嚼して自家薬籠中のものとしており、オリジナリティーには乏しいが、非常にクオリティーの高い演奏をする優等生だ。言い方は悪いが( 本当に悪くてすまない ) 、エバンスの出来のいいパチモンなのだが、趣味がよく、しかも見ての通りかなりの美人なので、つい手が伸びてしまう。

彼女は現在、本作 『 Summer Night 』 でも共演している夫でありベーシストであるフィル・パロムビ ( Phil Palombi ) と娘のララ・ガブリエル ( Lara Gabrielle ) と一緒に、ニューヨーク州リバーデール市に住んでいる。( sorce はtradebit . )

OAM Trio ( Aaron Goldberg ) / flow

2009年11月17日 16:03

OAM Trio



アーロン・ゴールドバーグ ( Aaron Goldberg , Boston , 1974~ ) といえば、とにかくこの 『 Flow 』(2002 FSNT) の出来が傑出している。

ご存じのように、ゴールドバーグは彼個人名義のトリオとOAM トリオ という2つのユニットで並列して演奏活動を行っている。

前者はリューベン・ロジャーズ ( b ) 、エリック・ハーランド ( ds ) を従え、翳りと軋みを内包した静的で知的な音世界が表現されているのに対して、後者はオマー・アビタル ( b ) 、マーク・ミラルタ(ds ) との三者対等のインタープレイを強く打ち出した緊張感溢れる動的な音世界を演出している。表現される世界感は対照的ながらも、両ユニットとも三者のコミュニケーション感度は抜群に高く、俊敏なリアクトの応酬は超スリリングである。

本作が録音された2000年12月というと、ゴールドバーグはジョシュア・レッドマンのカルテットに参加していた時期で、作品としては 『 Passage of Time 』 ( 2000年11月録音 ) を吹きこんだ直後ということになる。OAM trioのデビュー盤 『 Trilingual 』 (FSNT 070) が1999年5月の録音。次いでゴールドバーグの第二作目 『 Unfolding 』 (J-Curve 1014) が2000年2月の録音。そして再びOAM trioとしての 『 flow 』 が2000年12月の録音。

興味深いことに、彼の作品をこうして時系列に沿って聴いていくと、デビュー作からこの 『 flow 』 までのたった2年足らずの間に、彼の繊細かつ鋭角的な独自のスタイルが確立されていく過程が聴いてとれる。この時期、つまり、ジョシュアのバンドを経過することにより、彼のスタイルは固まっていったと云える。

冒頭曲 ≪ Equinox ≫ は言わずと知れたコルトレーンのマイナー・ブルース。ミラルタの叩くタブラの音色は、ジャケットに描かれた水中を漂う気泡を連想させる。全編に伏流するこの不思議な波動が、実に心地よい。
 
タイトル曲 ≪ Flow ≫ では、3人の生命力溢れるすさまじいインターアクションを聴くことができる。

イスラエル、バルセロナ、ボストンと、国境を越えてつながった完璧な絆のもと、3作品を制作してきた OAM Trio だが、2003年の 『 Live in Sevilia 』 ( Lola Records ) を最後に、活動を休止しているようだ。当時は新進気鋭だった3人も今やNY界隈で引っ張りだこ売れっ子のミュージシャンだ。このまま自然消滅してしまうのだろうか。


OAM Trio / flow  ( amazon )  星1つ星1つ星1つ星1つ
2002  FSNT  136

Aaron Goldberg  ( p )
Omer Avital  ( b )
Marc Miralta  ( ds )

ヨーロッパ・ジャズ黄金時代 / 星野秋男 著

2009年11月14日 22:58

ヨーロッパジャズ黄金時代



今まであまり体系立てて考究されてこなかったヨーロッパ・ジャズについて、音楽研究家である星野秋男氏が本格的に解説した待望の一冊。

ヨーロッパ・ジャズに関する研究では第一人者である氏は、1997年に刊行された季刊ジャズ批評別冊 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 にも共著者として多大なる貢献を果たしている。1800枚という気の遠くなるようなカタログを制作した著者らの熱意にも感服させれたが、なによりも氏が巻頭に寄稿した論文「ヨーロッパ・ジャズの歴史」に、当時の僕は強い関心を持った。

当時、ヨーロッパ・ジャズに関してはほとんど無知状態であった僕にとってはすべてが驚きであった。すでに1920年前後にはジャズ・バンドがヨーロッパの各国各地で活動していたという事実にまずは驚き、史上初のジャズ評論を書いたのがあのジャン・コクトーであったことに驚き、渡米したストラヴィンスキーがチャーリー・クリスチャン、アート・テイタム、チャーリー・パーカーに夢中になり、ライブハウスに通いつめたという話に驚き、ジャズが誕生したは1917年のニューオーリンズでの出来事ではなかった、という件には、動悸と眩暈で倒れそうになった。

兎に角、この季刊別冊は当時、眼光紙背に徹するまで読み通した、まさに僕にとってはヨーロッパ・ジャズの聖書のような存在であった。

同書でヨーロッパ・ジャズに目覚めた僕は、その後、2002年に刊行された杉田宏樹氏の著書 『 ヨーロッパのJAZZレーベル 』を読み耽りながら、徐々に欧州ジャズの魅力に嵌っていき、今に至っている。

『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 に掲載されている60年代を中心とした名盤、レア盤はどれも一度は聴いてみたくなるような音源であったが、なにしろ当時は入手が至難であった。いくら欲しいとはいえ、僕は貯金を蕩尽してまで手に入れたいとは思わなかったので、はじめから収集は諦めていた。それに対して杉田氏が 『 ヨーロッパのJAZZレーベル 』で紹介しているCDは、ほとんどが苦労せずとも入手可能なものばかりであったため、いまでは紹介CDのほぼすべてを所有するに至っている。

それにしても毎月、数多くのヨーロッパ・ジャズの新譜がリリースされ、一方で信じ難い質と量で過去の名盤、レア盤の再発が進んでいるにもかかわらず、そのヨーロッパのジャズ情報を扱った書物があまりにも少ない。Swing Journal 誌やJazz Life 誌などで時々ヨーロッパ・ジャズの特集を目にするが、一冊まるごとヨーロッパ・ジャズを扱った書籍は上記の2冊しかないのではないか。

しかし、両書とも発刊されたのは10年も前のことである。仕方ないことではあるが、いずれもが月日の流れの中でその情報は「過去の情報」と化してしまった。アップデイトされたヨーロッパの情報が欲しい。そう願っていたファンは決して少なくなかったはずだ。そういう意味で、今回の星野氏の新刊は待望の一冊と云えるだろう。

という訳で、昨日、やっと本書を手にすることができたのだが、まずはざっと目を通して感じたのは、やはり星野氏は今のヨーロッパ・ジャズ・ブームには否定的だ、ということ。

ヨーロッパの国ごとに章分けされ、各章ではまず総論、その国の有名ミュージシャン解説、そして推薦ディスクと、分けて詳しく解説されている。だが、80年代から90年代のジャズに関しては、総論で軽く言及するに留まり、今世紀のジャズに至っては全く触れられていない。

ミュージシャンの個別解説や紹介ディスクでも、全て60年代から70年代のミュージシャンおよびディスクで占められている。つまり『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 とほぼ同じ時代に焦点が当てられているわけだ。

そもそもタイトルにあるヨーロッパ・ジャズの “ 黄金時代 ” とは “ ヨーロッパのジャズがアメリカのジャズとは違う独自性を獲得し、革命的な気鋭のミュージシャンが数多く登場した60年代から70年代初頭 ” の時期を指している。この最もエネルギーのあった時代に氏は並々ならぬ愛情を持っているわけで、正真正銘の硬派なジャズ研究家なのだ。

だから、昨今の日本におけるユーロ・ジャズ・ブームに対しては厳しい裁断を下す。

( 前略 ) 日本でのヨーロッパの新譜の聴かれ方は、メロディーのきれいなピアノ・トリオ物やあまりにもオーソドックスなバップ風の演奏に偏重し、新しいファンの中にはラーシュ・ヤンソンのCDは全部持っているが、ロリンズもパウエルも知らないという聴き方さえも生まれている。こういう聴き方はどうなのだろう?明けても暮れても似たようなピアノ・トリオばかり聴いて、その殻に閉じこもっているのでは、リスナーとしての発展的な成長は望めないのではないか?

( 前略 )ジャズ・ファンはカレル・ボエリーのような聴き易いピアノ・トリオばかりではなく、たまにはそうした硬派な演奏にも目を向けるべきだろう。ジャズはきれいなメロディーで単に癒されればいいという音楽ではないし、暇つぶしの娯楽ではない。

僕のように軟弱なジャズ・ファンには耳が痛い言葉だ。頭じゃ分かっちゃいるのだが,,,,。仕事で疲弊して帰宅。一息ついてさあ何か聴こうかと思ったとき、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハに手を伸ばす体力が悲しいかな僕には残っていないのだ。

ただ、癒しと刺激は表裏一体、二律背反であり、全く別ものではないと個人的には思うのだが。硬派で難解なジャズを好んで聴くファンも、その先に癒しや心地よさを期待しているのではないだろうか。

本書では軟弱ピアノ・トリオ偏重主義者以外にも批判の対象となっている方々がいる。それはクラブ・ミュージックのDJやライター達だ。彼らはジャズの理解に誤りや勘違いが多く、その中には氏の文章を盗用する輩もいるらしいのだ。クラブ・ジャズに関しては僕自身もかなり懐疑的な見方をしてきたので、氏の歯に衣着せぬ発言に思わず小膝を打ってしまった。

プロの物書きというものは、できるだけ読者を怒らせないように、読者にストレスをかけないように配慮して筆を進めるものだが、氏はそのあたりはあまり考えていないようだ。そこがまた読感爽快でもあるのだが。

で、結局、この星野氏の新刊、どうなのよ? なんだか『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』を持っていれば新たに買う必要ないんじゃないの? って云う声も聞こえてきそうだが、確かにその考えにも一理あるように思う。ざっくり云って 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 と同じだ。

各論的にはもちろん前作から書き足したり、書き直ししたりしながらヴァージョン・アップした感はあるが、基本的な姿勢は頑固なまでにぶれていない。第一章の 《 ヨーロッパ・ジャズの歴史 》 などは、『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 の巻頭論文 《 ヨーロッパ・ジャズの歴史 》 に加筆しただけかもしれないし (タイトルが大体において同じだしね)。

がしかし、( 数え間違いなければ )  442枚の推薦ディスクの約半数は 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 には掲載されていない作品に差し替えられているし、中には『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』では人名辞典やディスク・カタログで取り上げられなかったミヒャエル・ナウラ ( Michael Naura ) のような人物を大きく紹介したりと、改定部分も多い。

更には、プログレッシブ・ロックやクラブ・ミュージックとジャズの関係まで論を広げて考究している章なども 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』には無かった部分だ。

そういった理由で、『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』を買い逃したファンはもちろんのこと、すでに同書を持っているファンも新たに買うのに躊躇する理由はないだろう。
 
推薦ディスクをペラペラめくりながら、「これ持ってるぜ〜、ヒヒヒ」、「こんなん知らねーぜ、くっそ」と、ひとり下品な悦楽に浸って欲しい。
 
そして、もしかすると本書を買うファンというのは、皮肉にも氏が忌み嫌うクラブ・ミュージックのファンやDJ らが多いのではないだろうかと、密かに思っているのだがどうだろうか。


ヨーロッパ・ジャズ黄金時代 / 星野秋男  ( amazon )  2.800 円


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