雨の日にはジャズを聴きながら90年代以降のジャズを気ままに綴っています。 旧ブログ 『 雨の日には JAZZ を聴きながら 』 からのデータ移行は終了しました。ジャズ以外にも、時々デジタル関連の物欲記事、最近ハマっているカメラの話題も少しアップしています。 

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Alessandro Bravo / Trionometry

   ↑  2009/11/29 (日)  カテゴリー: piano

alessandro bravo



イタリア人ピアニスト、アレッサンドロ・ブラーボ ( Alessandro Bravo ) の最新作。全く初めて聴くピアニストなのだが、これがなかなか素敵なピアノを弾く方で、ここ数日、繰り返し聴いている。冒頭曲の ≪ Song Inside ≫ などを聴いていると、イヴァン・パドゥアやラーシュ・ヤンソン、あるいは西山瞳さんや外山安樹子さんなどを連想してしまう。単に抒情的とか哀愁メロディーとかいう表現では言い表せすことができない音楽。日常の憂鬱な思いをゆっくり中和してくれるような優しさに溢れている。

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2009/11/29 | Comment (11) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Nunzio Rotondo / The Artistry of Nunzio Rotondo

   ↑  2009/11/28 (土)  カテゴリー: trumpet

nunzio rotondp2

 


1950年代にジャズシーンに登場し、イタリアのモダン・ジャズ黎明期を支えたトランペッター、ヌンツィオ・ロトンド ( Nunzio Rotondo , 1924~2009 ) が 1959年にMUSIC に残した激レア盤 『 The Artistry of Nunzio Rotndo 』 が復刻された。

今回の復刻盤は初回プレス完全限定のLP と紙ジャケ仕様のCDで発売された。プレスはイタリアの独立系レーベルである BTF社 ( BTF srl ) により行われ、一方ジャケットは日本のDIW Records で制作されている。使用音源はオリジナル・マスター・テープに基づくもので音質的には問題ない。僕は紙ジャケCDを買ったのだが、ジャケットはオリジナルに忠実にE式が採用されていた。CDにはオリジナルLPに未収録であったEP音源の3曲が追加されている。

僕は希少盤コレクターの世界には興味がないので、迷わず紙ジャケCDを買ったが ( 本当はプラケースの方がよかったのだが )、真のマニアは4000円出してLPを買うのだろう。しかもCDにはLP未収録の3曲がボーナス追加されているからという理由で、CDまで買っちゃうのかもしれない。

ところで、ジャズ批評ブックス 『 Jazz トランペット 』 ( 2001年 ジャズ批評編集部 ) に、岡島豊樹氏が 『 もっと聴きたい!ヨーロッパの名手だち 』 というコラムを書いていたのを覚えているだろうか。189人の有名トランペッターの紹介とは別に、よりマニアックな名手を紹介しているコラムだったのだが、その中でこのロトンドが紹介されていたのだ。僕がロトンドの名前を知ったのはそのコラムが最初だった。

一方、先日拙ブログでも紹介した星野秋男氏の著書 『ヨーロッパ・ジャズ 黄金時代 』 でも、一ページを割いてロトンドが紹介されている。その中で氏は、もっともロトンドが聴きごたえがあるのは60年代中期から70年代中期にかけての未発表音源を集めてCD化した 『 Sound and Silence 』 だ、としながらも、今回復刻された 『 The Artistry of ~ 』 もやや渋い内容ながら録音の少ない彼の演奏が聴ける点が貴重だ、としてある程度の評価を下している。まあ、氏のこの口調からして、この 『 The Artistry of ~ 』 はそれほどの名盤でないことが想像できるだろう。

50年代から60年代に活躍したイタリアのモダン派トランペッターとしては、このロトンド以外にも、ジアンニ・バッソとの双頭バンド、バッソ=ヴァルタンブリーニ・クインテット( or セクステト ) で有名なオスカル・ヴァルタンブリーニがいる。二人とも1924年生まれであるが、経歴はヌンツィオのほうが若干長い。ヴァルタンブリーニは50年代に入ってから本格的な活動を開始しているが、ロトンドはなんと第二次世界大戦前から活動していた。

さて、今回初めてロトンドの音を聴いたのだが、ヴァルタンブリーニにかなりの部分で酷似しているように感じた。ふたりとも米国のウエスト・コースト風の軽快で洒落た雰囲気を醸し出しつつも、時折、熱くバピッシュに吹きまくるイースト的なテイストも持ち合わせている。スタイル的には完全に保守的であり、きわめてオーソドックスな印象を受ける。

LP未収録の3曲を含む全10曲。6曲がロトンドのオリジナルで、それ以外では≪Bag's Groove ≫、≪ Scrapple From The Apple ≫、≪ Half Nelson ≫ などのスタンダードも演奏している。ただし、LP収録の7曲のうち3曲がブルース形式の曲なのがちょっと残念。この3曲で一気に気が抜ける。メンバーには先日 パオロ・スコッティ氏主宰のDEJAVU より 『 ..... idea 』が復刻され話題となったフルート奏者、ジノ・マリナッチや、ジアンニ・バッソと並びイタリア・モダン派テナリストのエンゾ・スコッパらが名を連ねる。

とにかく今作は一聴しただけではほとんど耳に残らない演奏なのだ。何度か繰り返し聴き込むと徐々に耳に馴染んでくるし、熟聴すれば確かに丁寧にフレーズを構築していく様が聴きとれるだが...。

当時のイタリアにおいては、米国ジャズを模倣することもある程度やむを得なかったのだろう。そのあたりはドイツ、イギリス、フランスなどの他の欧州国と決定的に違っている。

Disk Union のサイトを覗くとこんな一文が目に入ってきた。
≪廃盤専門店に於いても20万円以上で出品され、瞬く間に売れてしまう≫
僕はDUのポップを常に眉に唾をつけて読んでいるのだが、これは本当なのだろうか。もし本当なら世に中には自分の想像をはるかに越えた凄いマニアがいるもんだ。この作品が20万の価値があるかないかは別にしても、一枚のたかがビニルに20万はいくらなんでも高すぎやしないか。それはもはや骨董の世界だな。

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2009/11/28 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Fabrizio Bosso New Project / Black Spirit

   ↑  2009/11/25 (水)  カテゴリー: trumpet

fabrizio bosso black spirit2



High Five Quintet が日本で大ブレイクし、ネコも杓子もボッソ、ボッソと騒いでいたのが5年ほど前のこと。ボッソ参加というだけで、それこそ玉石入り乱れたイタリア産CDが売れた時勢であった。

昨今はだいぶボッソ熱も冷めて、リスナーもボッソが参加しているというだけで喰いつくこともなくなり、本当にイイものだけを選択して買うようになったのではないだろうか。まあ、世のマニアの方々はどうかわからないが、少なくとも僕はそうしている。そりゃそうだろう。不景気だし。

そんな訳で最近では、ボッソの露出度のあまりの高さもあって、彼の参加作品を隅々までフォローしきれていないのだが、その中でもマックス・イオナータの Albore 盤 『 Inspiration 』 ( 前項あり ) でのボッソは最高だった。マックスとのマッチングも良かったし。 《 ボッソの金管 vs マックスの木管 》 というカウンタータイプの多彩なハーモニーが美しかった。

そのマックスの作品に客演したボッソが、今度はマックスに声をかけ自身のリーダー作を制作した。これは超期待できそうだ。

しかもマックスだけではなく、High Five 組からルカ・マヌッツァとロレンツォ・トゥッチ、さらにはイタリア・トランペット界の隠れた名手、マルコ・タンブリーニらがそろい踏み!! とくれば、色めき立つイタリアン・ジャズ・ファンも少なくないのではないか。

そして、今作はボッソのリーダー作としては初の純国産品で、制作したのはポニキャニの欧州ジャズ・レーベル M & I ( Norma Blue じゃないよ! ホッと ) 。でもって、プロデューサーは親父ジャズ・ファンの性感帯を知り尽くしたプロデューサー界の重鎮、木全信氏。


さて、この新作は副題として《 Freddie Hubbard に捧げる 》 とあるように、 昨年暮れに急逝したフレディ・ハバードに対する追悼の意を込めて制作されたものだ。盤題の『 Black Spirit 』 はおそらくフレディの65年のBlue Note 盤 『 Blue Spirits 』 をもじってつけられたのだろう。

“ Spirit ” という言葉は、「 ジャズはやっぱり精神だよね。テクニックがあるからといって、指先の動くままに吹きまくればイイ訳じゃないよね」ということを含意しているのか。「ボッソはテクニックはずば抜けているよね。でもね~魂が感じられないんだよね~」みたいな世間の声に対する省察の思いが込められているのかもしれない。

収録曲は、ボッソの自曲4曲を含む全10曲。フレディ・ハバードに捧げている割には、フレディの自曲は M-4 《 Up Jumped Spring 》のみとちょっと拍子抜け。M-3 《 Body and Soul 》 はもちろんスタンダードだが、フレディが生前、好んで演奏していた曲で、曲名をそのまま盤題にしたImpulse 盤 『 The Body and Soul 』 という作品まで作ったほどだ。《 Up Jumped Spring 》 は6/8 拍子のワルツで、フレディの作品では『 3 Blind Mice 』、『 Backlash 』、『 Born To Be Blue 』、それから遺作となった『 On The Real Side 』 などで聴くことができる。フレディの代表曲であり、他のミュージシャンにカヴァされる機会も多い曲だ。

フレディに関連のある曲は上記の2曲だけなのだが、そのほかの曲としては、ルイ・アームストロング作の 《 Do You Know What It Means To Miss New Orleans 》 やディジー・ガレスビー作の 《 A Night in Tunisia 》 なども取り上げている。さらには、ガレスビーのためにボッソが作曲した≪ Dizzy's Blues ≫ なども収録されており、フレディーへのオマージュなのか、ガレスビーへのオマージュなのか、よくわからない選曲になっている。結局は、ジャズ史に残る偉大なるトランペッターたちに捧げた作品ということなのか。まあ、言い方は悪いが、アバウト過ぎるような気もするけどね。

アルバムの冒頭を飾るのはホレス・シルバーの軽快なラテン・ナンバー ≪Nutville≫。1965年の Blue Note 作品『 The Cape Verdean Blues 』 に収められていた曲だ。『 The Cape ~ 』は、ホレスの作品群の中ではそれほど人気のあった作品ではなかったが、昨今のクラブ 世代のリスナーの間ではホレスの代表作と賞されているらしい。 Rittor Music から出た小川充氏監修によるクラブ世代のためのモダン・ジャズ名盤選 『 Hard Bop & Mode 』 でも、ホレスの作品として唯一紹介されている。

非常にノリがよくフックの聴いた覚えやすいメロディーで、一瞬、High Five Quintet のオリジナル曲か、と錯覚するほど彼らのスタイルにマッチしている。そういえば、今年6月にやはりポニキャニのイタリアン・ジャズ・レーベル Norma Blu から発売された Jazzlife Sextet の『 Tall Stories 』 ( 前項あり )  でもこの曲が取り上げられていた。

2曲目はボッソ・オリジナルのタイトル曲 ≪ Black Spirit ≫ 。ボッソの電光石火のごとき激烈ソロが聴かれる高速モーダル・チューンだ。ロレントツォ・トゥッチのドラムもいつになく熱い。

この初めの2曲までを聴いていると、まるで新生 High FIve Quintet の演奏かと錯覚してしまうくらい、それっぽい演奏だ。がしかし、本作がHigh FIve Quintet とは “ 似て非なる” 音楽的趣向のもとに制作されているということは、3曲目あたりから徐々に明確になってくる。

3曲目はスタンダード の≪ Body and Soul ≫ 。 メロディーの輪郭を際立たせながらのボッソならではの歌心溢れるバラード・プレイに酔いしれる。マックスのオールド・ファションな滋味深いソロも胸にぐっと迫る。このような曲想はHigh FIve Quintet には決して味わえなかったはずだ。

4曲目はフレディの代表曲≪Up Jumped Spring ≫。ここで我が愛しきマルコ・タンブリーニが登場。二人でテーマ部を吹きわけ、ボッソが主旋律を吹けばそれに対してマルコがオブリガードで飾るといった感じ。これぞ至福のハーモニーだ。ここではルカの繊細にして滋味豊かなソロが聴ける。これもやはりHigh FIve Quintetでは得難い快感だと思う。僕の中では、日に日にルカに対する評価が高まってきている。この人はホント、人間味溢れる美しいピアノを弾く人だ。年明けにWIDESOUND からリリースされるルカの初リーダー作が待ち遠しい。

5曲目≪ A Night in Tunizia ≫ でもマルコが客演。ボッソとマルコが激しく火花を散らせるソロ合戦では、ぼーっと聴いていると一瞬、二人の区別がつかなくなるくらい両者の実力は肉薄している。二人がステレオの両チャンネルに分離しているわけではなく、二人ともほぼ中央に定位しているのでよけい混乱する。中央やや左でオフマイクぎみに聴こえるのがマルコで、中央やや右でオンマイクぎみなのがボッソだと思う・・・・。

6曲目以降は割愛するが、全編にわたりボッソの余裕が感じられつつも非常に内容の濃い充実した作品だと感じた。

欲を云えば、もう少し挑戦的なアプローチがあってもよかったのになぁ、と思う。今までのボッソの活動を見てきて、作品ごとの振り幅がそれほど大きくないと感じていたが、やはり今作もいつものボッソだった。超絶技巧ながらも保守派本流を突き進むボッソに、正直なところ、軽く飽きてきているのかもしれない。

彼はこの路線を突き詰めていくのか? リスナーの飽きっぽく移ろいやすい嗜好性と、どう折り合いをつけていくのだろうか。

Fabrizio Bosso New Project / Black Spirit~Freddie Hubbardに捧げる  ( amazon )
星1つ星1つ星1つ星1つ星半分

Fabrizio Bosso  ( tp )
Luca Mannutza  ( p )
Lorenzo Tucci  ( ds )
Nicola Muresu  ( b )
Max Ionata  ( ts, ss, fl )
Marco Tamburini  ( tp )
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2009/11/25 | Comment (10) | Trackback (2) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Derek Smith / Plays Jerome Kern

   ↑  2009/11/24 (火)  カテゴリー: piano

derek smith




英国生まれのベテラン・ピアニスト、デレク・スミス ( Derek Smith , 1931~ ) による1980年録音のジェローム・カーン集。

今年5月にVenus Records からピアノ・トリオ作品 『 Beautiful Love 』 がリリースされた時は驚かれたファンも多かったのではないか。さらに9月には早くも第二弾となるソロ作品 『 Love Again 』 をリリースし、好調ぶりを示したデレクだが、この調子だと第二のエディ・ヒギンズとして Venus Recods の看板アーティストになる日も近いかもしれない。

Venus Recods の新作などを聴いてみても、テクニック的には全く衰えていなかったし、こうして改めてデレクのピアノを聴いてみると、確かに Venus Recods が気に入りそうな美しいピアノ・スタイルであることがわかる。流石はVenus Recods。往年の名プレーヤーの蘇生術にかけては天下一品である。

デレク・スミスと云っても若いジャズ・ファンには馴染みいが浅いかもしれないので、簡単に経歴を紹介しておく。

1931年、ロンドンに生まれたデレクは、14歳のときには既にプロ・ミュージシャンとして活躍するほどの早熟ぶりを発揮していた。50年代には数多くのレコーディングに参加し人気もあったが、リーダー作には恵まれなかったようだ。そんな状況に業を煮やしたデレクは、50年代半ばにニューヨークにその活動の拠点を移すことになる。セッション・ミュージシャンとしてスタジオ・ワークをこなす一方、クラブでの演奏でキャリアを高め、、周囲の信望を勝ち取っていった。1961年にはついにベニー・グッドマン楽団での仕事を手に入れ、60年代末にはドグ・スティーブンの Tonight Show Orchestra にも参加し人気を博した。しかしそれでも日本のジャズ・ファンにはまだまだ無名の存在であった。転機は70年代に訪れた。

1976年に渡米後初となるリーダー作 『 Love For Sale 』 が Progressive Records ( テイチク ) からリリースされ、日本でも一気に知名度があがったのだ。その後もコンスタントに吹きこみを行い、76年から83年までの間に計6枚の作品を残している。

 『 Love For Sale 』 1976 ( Progressive )
 『 Bluesette 』 1978 ( Progressive ) 
 『 New Soil 』 1978 ( Progressive )  ※CD再発時タイトル 『 The Man I Love 』
 『 My Favorite Things  』 1978 ( Progressive )
 『 Plays Jerome Kern 』 1980 ( Progressive )
 『 Dark Eyes  』 1983 ( Baybridge )

その後、1994年と2001年に米国独立系レーベルからトリオ作品をだしているようだが、日本では話題にならなかったと思う。

僕個人的には、ジャズを聴き始めたのがちょうどこの 『 Plays Jerome Kern 』 が発売された頃で、ジャズに対する感受性も鋭かった時期であり、今でもこの盤と出会いをディテイルまで鮮明に思い出すことができる。当時初心者の僕は、ジャズ・ピアニストと云えば類に洩れずソニー・クラークとかレッド・ガーランドとかセロニアス・モンクとかビル・エバンスとかしか知らなかったので、デレクのピアノを聴いてビックリしたのと同時にとっても優雅で知的なセンスに心を揺さぶられたのを覚えている。

今回、Venus Records の解説で初めて知ったのだが、デレクは、エディ・ヒギンズ、ディック・ハイマンと並び、米国ジャズ・ピアニストの隠れた三大巨匠のひとりなんだそうだ。( ちなみに表舞台の三大巨匠はキース・ジャレット、ハービー・ハンコック、そしてチック・コリア。 )

デレクは、ジャズの歴史に革命的変化をもたらしたアーティストではないが、ジャズの娯楽性を最大化することでファンの心に確かな幸福な質感を刻むことに成功した職人であると思う。
 
過剰とも言える音数にも関わらず、品位を損なわないのは真の名手たる所以であろう。 そして、高い音楽的クオリティを維持しながらも万人が楽しめる娯楽性豊かなジャズに仕上げる、という難題を高次元でクリアしている数少ないピアニストではないだろうか。
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2009/11/24 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Shelly Berg / The Joy

   ↑  2009/11/21 (土)  カテゴリー: piano

shelly berg joy



西海岸で活躍するピアニスト、シェリー・バーグ ( Shelly Berg , Cleveland , 1955~ ) が1996年に DMP に吹き込んだ記念すべきデビュー作品。

ピアノ好きなジャズ・ファンの間では1997年のオスカー・ピーターソンに捧げた作品 『 The Will 』 や、寺島靖国氏が絶賛した2005年のコンコード盤 『 Blackbird 』 などが人気がある。しかし、このデビュー盤もそれらと比べても決して遜色ない素晴らしい作品だ。

シェリーはピアニストとして活躍するだけでななく、音楽教育者としても有名である。1996年から98年には国際ジャズ教育協会 ( International Association for Jazz Education : IAJE ) のプレジデントを務めている。また、南カリフォルニア大学(The University of Southern California : USC ) ソーントン音楽学校のジャズ研究科での教授職の経験もある。2007年にはマイアミ大学フロスト校の学部長に任命されている。

そのような素晴らしいキャリアもあって、最近は若手ミュージシャンからの信望も熱く、「シェリー・バーグの薫陶を受け~」という経歴の紹介文をミュージシャン・サイトでみかける機会が増えた。たとえば最近ではジェラルド・クレイトンがシェリー・バーグにピアノと作曲を習っている。

あらゆるスタイルの音楽に通暁しているにも関わらず、彼自身が奏でるジャズは驚くほどオーソドックスだ。

ギミックを排し、あるときはストレートに小気味よくスイングし、あるときは哀愁美メロでリスナーの涙腺を直撃する。コンテンポラリーな気難しい曲もイケるのだろうが、決してやることはない。常に心地よいスイング感と解放感の演出にその力を注ぐ。聴いていると心底嬉しくなってくる、そんな幸福に満ち溢れた作品だ。

まあ、彼の作品はどれもほどんど同じ作風なのだが、そこがまたイイのだ。

ジャズの聴き手は常に革新的でクリエイティブな音を求めている訳ではない。半世紀以上もの間、繰り返し繰り返し演奏されてきたスイングするジャズを、これからも反復して聴き続けていく中に、快感を求める、そういったジャズの聴き方もあって良いのではないか。この前聴いたジャズとほどんど同じジャズだけど、でもちょっとだけ違う普通のジャズ。そんな微妙な差異の発見にこそ、ジャズの喜びがあるのかも、って最近つくづく思う。

シェリーの素晴らしさはその演奏力だけではない。彼のソング・ライティング力も瞠目すべき点である。本作でも哀愁を帯びたメロディーセンスが光るタイトル曲 ≪The Joy ≫ なども印象的だ。さらにはスタンダード≪ Here's That Rainy Day ≫ のラテン調のアレンジも秀逸であるし、とにかく演奏、作曲、アレンジと、どれをとっても非の打ちどころがない。



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2009/11/21 | Comment (6) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Sarah Jane Cion / Summer Night

   ↑  2009/11/20 (金)  カテゴリー: piano

sarah jane cion summer


サラ・ジェーン・シオン ( Sarah Jane Cion , Florida ) は1999年11月にフロリダのジャクソンビルで開催された第17回グレート・アメリカン・ジャズ・ピアノ・コンペティションで優勝した経歴を持つ女性ピアニスト。と云ってもそのコンペがどの程度の権威をもつものなのか私にはわからないが、その後の彼女のあまりパッとしない活動状況から推測するに、少なくともその優勝経験が彼女のキャリア・アップに益することはなかったのではないだろうか。

サラは現在までに4枚のCDをリリースしている。アルトのアントニオ・ハートが参加した1997年リリースのデビュー作 『 Indeed ! 』 、クリス・ポッター参加の2000年作 『 Moon Song 』 、そしてマイケル・ブレッカー参加の2001年作 『 Summer Night 』 と、NAXOS から順調に作品を発表し、豪華なゲスト・ミュージシャンの参加もありそこそこ話題になった。 『 Moon Song 』 などは 2000年4月,日本のモダン・ジャズ・アルバムの売り上げ4位を記録した( と彼女の経歴に記載されている ) 。しかしその後の活動は音沙汰なく、いつの間にか日本では忘れさられてしまったようだ。

数年ぶりに彼女のピアノを聴いている。近況を知りたくなり Official Site を覗いてみたら、今でもニューヨークを中心に活動していることが分かった。ただし活動場所はカフェやラウンジが中心で、月に2、3度と少ないようだ。Biography を見ても4年ほどまえに拙ブログで紹介したときから寂しいことに全く更新されていない。アルバムは上記のNAXOS 3枚以外にもう一枚吹き込んでいた。ソロ・ピアノによる 『 Lara's Lullabies 』 という2004年の作品だが、どうも子供向けのピアノ作品のようだ。( Lara は彼女の一人娘の名前 ) 

彼女のピアノはエバンス系の典型的な抒情派路線であり、強い個性は見てとれない。エバンスの演奏手法を消化吸収咀嚼して自家薬籠中のものとしており、オリジナリティーには乏しいが、非常にクオリティーの高い演奏をする優等生だ。言い方は悪いが( 本当に悪くてすまない ) 、エバンスの出来のいいパチモンなのだが、趣味がよく、しかも見ての通りかなりの美人なので、つい手が伸びてしまう。

彼女は現在、本作 『 Summer Night 』 でも共演している夫でありベーシストであるフィル・パロムビ ( Phil Palombi ) と娘のララ・ガブリエル ( Lara Gabrielle ) と一緒に、ニューヨーク州リバーデール市に住んでいる。( sorce はtradebit . )
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2009/11/20 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

OAM Trio ( Aaron Goldberg ) / flow

   ↑  2009/11/17 (火)  カテゴリー: piano

OAM Trio



アーロン・ゴールドバーグ ( Aaron Goldberg , Boston , 1974~ ) といえば、とにかくこの 『 Flow 』(2002 FSNT) の出来が傑出している。

ご存じのように、ゴールドバーグは彼個人名義のトリオとOAM トリオ という2つのユニットで並列して演奏活動を行っている。

前者はリューベン・ロジャーズ ( b ) 、エリック・ハーランド ( ds ) を従え、翳りと軋みを内包した静的で知的な音世界が表現されているのに対して、後者はオマー・アビタル ( b ) 、マーク・ミラルタ(ds ) との三者対等のインタープレイを強く打ち出した緊張感溢れる動的な音世界を演出している。表現される世界感は対照的ながらも、両ユニットとも三者のコミュニケーション感度は抜群に高く、俊敏なリアクトの応酬は超スリリングである。

本作が録音された2000年12月というと、ゴールドバーグはジョシュア・レッドマンのカルテットに参加していた時期で、作品としては 『 Passage of Time 』 ( 2000年11月録音 ) を吹きこんだ直後ということになる。OAM trioのデビュー盤 『 Trilingual 』 (FSNT 070) が1999年5月の録音。次いでゴールドバーグの第二作目 『 Unfolding 』 (J-Curve 1014) が2000年2月の録音。そして再びOAM trioとしての 『 flow 』 が2000年12月の録音。

興味深いことに、彼の作品をこうして時系列に沿って聴いていくと、デビュー作からこの 『 flow 』 までのたった2年足らずの間に、彼の繊細かつ鋭角的な独自のスタイルが確立されていく過程が聴いてとれる。この時期、つまり、ジョシュアのバンドを経過することにより、彼のスタイルは固まっていったと云える。

冒頭曲 ≪ Equinox ≫ は言わずと知れたコルトレーンのマイナー・ブルース。ミラルタの叩くタブラの音色は、ジャケットに描かれた水中を漂う気泡を連想させる。全編に伏流するこの不思議な波動が、実に心地よい。
 
タイトル曲 ≪ Flow ≫ では、3人の生命力溢れるすさまじいインターアクションを聴くことができる。

イスラエル、バルセロナ、ボストンと、国境を越えてつながった完璧な絆のもと、3作品を制作してきた OAM Trio だが、2003年の 『 Live in Sevilia 』 ( Lola Records ) を最後に、活動を休止しているようだ。当時は新進気鋭だった3人も今やNY界隈で引っ張りだこ売れっ子のミュージシャンだ。このまま自然消滅してしまうのだろうか。


OAM Trio / flow  ( amazon )  星1つ星1つ星1つ星1つ
2002  FSNT  136

Aaron Goldberg  ( p )
Omer Avital  ( b )
Marc Miralta  ( ds )
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2009/11/17 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

ヨーロッパ・ジャズ黄金時代 / 星野秋男 著

   ↑  2009/11/14 (土)  カテゴリー: book

ヨーロッパジャズ黄金時代



今まであまり体系立てて考究されてこなかったヨーロッパ・ジャズについて、音楽研究家である星野秋男氏が本格的に解説した待望の一冊。

ヨーロッパ・ジャズに関する研究では第一人者である氏は、1997年に刊行された季刊ジャズ批評別冊 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 にも共著者として多大なる貢献を果たしている。1800枚という気の遠くなるようなカタログを制作した著者らの熱意にも感服させれたが、なによりも氏が巻頭に寄稿した論文「ヨーロッパ・ジャズの歴史」に、当時の僕は強い関心を持った。

当時、ヨーロッパ・ジャズに関してはほとんど無知状態であった僕にとってはすべてが驚きであった。すでに1920年前後にはジャズ・バンドがヨーロッパの各国各地で活動していたという事実にまずは驚き、史上初のジャズ評論を書いたのがあのジャン・コクトーであったことに驚き、渡米したストラヴィンスキーがチャーリー・クリスチャン、アート・テイタム、チャーリー・パーカーに夢中になり、ライブハウスに通いつめたという話に驚き、ジャズが誕生したは1917年のニューオーリンズでの出来事ではなかった、という件には、動悸と眩暈で倒れそうになった。

兎に角、この季刊別冊は当時、眼光紙背に徹するまで読み通した、まさに僕にとってはヨーロッパ・ジャズの聖書のような存在であった。

同書でヨーロッパ・ジャズに目覚めた僕は、その後、2002年に刊行された杉田宏樹氏の著書 『 ヨーロッパのJAZZレーベル 』を読み耽りながら、徐々に欧州ジャズの魅力に嵌っていき、今に至っている。

『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 に掲載されている60年代を中心とした名盤、レア盤はどれも一度は聴いてみたくなるような音源であったが、なにしろ当時は入手が至難であった。いくら欲しいとはいえ、僕は貯金を蕩尽してまで手に入れたいとは思わなかったので、はじめから収集は諦めていた。それに対して杉田氏が 『 ヨーロッパのJAZZレーベル 』で紹介しているCDは、ほとんどが苦労せずとも入手可能なものばかりであったため、いまでは紹介CDのほぼすべてを所有するに至っている。

それにしても毎月、数多くのヨーロッパ・ジャズの新譜がリリースされ、一方で信じ難い質と量で過去の名盤、レア盤の再発が進んでいるにもかかわらず、そのヨーロッパのジャズ情報を扱った書物があまりにも少ない。Swing Journal 誌やJazz Life 誌などで時々ヨーロッパ・ジャズの特集を目にするが、一冊まるごとヨーロッパ・ジャズを扱った書籍は上記の2冊しかないのではないか。

しかし、両書とも発刊されたのは10年も前のことである。仕方ないことではあるが、いずれもが月日の流れの中でその情報は「過去の情報」と化してしまった。アップデイトされたヨーロッパの情報が欲しい。そう願っていたファンは決して少なくなかったはずだ。そういう意味で、今回の星野氏の新刊は待望の一冊と云えるだろう。

という訳で、昨日、やっと本書を手にすることができたのだが、まずはざっと目を通して感じたのは、やはり星野氏は今のヨーロッパ・ジャズ・ブームには否定的だ、ということ。

ヨーロッパの国ごとに章分けされ、各章ではまず総論、その国の有名ミュージシャン解説、そして推薦ディスクと、分けて詳しく解説されている。だが、80年代から90年代のジャズに関しては、総論で軽く言及するに留まり、今世紀のジャズに至っては全く触れられていない。

ミュージシャンの個別解説や紹介ディスクでも、全て60年代から70年代のミュージシャンおよびディスクで占められている。つまり『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 とほぼ同じ時代に焦点が当てられているわけだ。

そもそもタイトルにあるヨーロッパ・ジャズの “ 黄金時代 ” とは “ ヨーロッパのジャズがアメリカのジャズとは違う独自性を獲得し、革命的な気鋭のミュージシャンが数多く登場した60年代から70年代初頭 ” の時期を指している。この最もエネルギーのあった時代に氏は並々ならぬ愛情を持っているわけで、正真正銘の硬派なジャズ研究家なのだ。

だから、昨今の日本におけるユーロ・ジャズ・ブームに対しては厳しい裁断を下す。

( 前略 ) 日本でのヨーロッパの新譜の聴かれ方は、メロディーのきれいなピアノ・トリオ物やあまりにもオーソドックスなバップ風の演奏に偏重し、新しいファンの中にはラーシュ・ヤンソンのCDは全部持っているが、ロリンズもパウエルも知らないという聴き方さえも生まれている。こういう聴き方はどうなのだろう?明けても暮れても似たようなピアノ・トリオばかり聴いて、その殻に閉じこもっているのでは、リスナーとしての発展的な成長は望めないのではないか?

( 前略 )ジャズ・ファンはカレル・ボエリーのような聴き易いピアノ・トリオばかりではなく、たまにはそうした硬派な演奏にも目を向けるべきだろう。ジャズはきれいなメロディーで単に癒されればいいという音楽ではないし、暇つぶしの娯楽ではない。

僕のように軟弱なジャズ・ファンには耳が痛い言葉だ。頭じゃ分かっちゃいるのだが,,,,。仕事で疲弊して帰宅。一息ついてさあ何か聴こうかと思ったとき、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハに手を伸ばす体力が悲しいかな僕には残っていないのだ。

ただ、癒しと刺激は表裏一体、二律背反であり、全く別ものではないと個人的には思うのだが。硬派で難解なジャズを好んで聴くファンも、その先に癒しや心地よさを期待しているのではないだろうか。

本書では軟弱ピアノ・トリオ偏重主義者以外にも批判の対象となっている方々がいる。それはクラブ・ミュージックのDJやライター達だ。彼らはジャズの理解に誤りや勘違いが多く、その中には氏の文章を盗用する輩もいるらしいのだ。クラブ・ジャズに関しては僕自身もかなり懐疑的な見方をしてきたので、氏の歯に衣着せぬ発言に思わず小膝を打ってしまった。

プロの物書きというものは、できるだけ読者を怒らせないように、読者にストレスをかけないように配慮して筆を進めるものだが、氏はそのあたりはあまり考えていないようだ。そこがまた読感爽快でもあるのだが。

で、結局、この星野氏の新刊、どうなのよ? なんだか『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』を持っていれば新たに買う必要ないんじゃないの? って云う声も聞こえてきそうだが、確かにその考えにも一理あるように思う。ざっくり云って 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 と同じだ。

各論的にはもちろん前作から書き足したり、書き直ししたりしながらヴァージョン・アップした感はあるが、基本的な姿勢は頑固なまでにぶれていない。第一章の 《 ヨーロッパ・ジャズの歴史 》 などは、『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 の巻頭論文 《 ヨーロッパ・ジャズの歴史 》 に加筆しただけかもしれないし (タイトルが大体において同じだしね)。

がしかし、( 数え間違いなければ )  442枚の推薦ディスクの約半数は 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』 には掲載されていない作品に差し替えられているし、中には『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』では人名辞典やディスク・カタログで取り上げられなかったミヒャエル・ナウラ ( Michael Naura ) のような人物を大きく紹介したりと、改定部分も多い。

更には、プログレッシブ・ロックやクラブ・ミュージックとジャズの関係まで論を広げて考究している章なども 『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』には無かった部分だ。

そういった理由で、『 ヨーロッパのジャズ・ディスク 1800 』を買い逃したファンはもちろんのこと、すでに同書を持っているファンも新たに買うのに躊躇する理由はないだろう。
 
推薦ディスクをペラペラめくりながら、「これ持ってるぜ~、ヒヒヒ」、「こんなん知らねーぜ、くっそ」と、ひとり下品な悦楽に浸って欲しい。
 
そして、もしかすると本書を買うファンというのは、皮肉にも氏が忌み嫌うクラブ・ミュージックのファンやDJ らが多いのではないだろうかと、密かに思っているのだがどうだろうか。


ヨーロッパ・ジャズ黄金時代 / 星野秋男  ( amazon )  2.800 円
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2009/11/14 | Comment (5) | Trackback (1) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

E.S.T. / Live '95

   ↑  2009/11/13 (金)  カテゴリー: group

est 95



1995年録音のE.S.T. のセカンド・アルバム。

当初は 『 Mr. & Mrs.Handkerchief 』 という盤題で Prophone Records から発売されたが,2001年に Montreux Jazz Festival でのライブ音源 《 Dodge The Dodo 》 をボーナス・トラックとして追加収録し、『 E.S.T. Live ‘95 』 と盤題を変更して再発されている。

この頃もまだ電化されていない時期。ただし99年のライブ音源《 Dodge The Dodo 》 では、ベースのダン・ベルグルンドがアルコ・ソロに限り、スペース系のエフェクターを使いはじめている。
 
このあと、電化サウンドをベースとしたギミック満載の楽曲と派手なステージ装飾などに観客は目と耳を奪われ、彼らの本質が徐々に見えにくくなっていく。しかし、この作品の演奏を聴くと、比較的ストレートな4ビートでもずば抜けた技量を発揮し、テクニック的にも申し分ないものを彼らは持っていることがわかる。

当時はまだ,キース・ジャレットやチック・コリア,ビル・エヴァンスなどの模倣からの脱却することに必死であったため,エフェクターを使って聴衆をあっと驚かすなんて余裕はなかったのだろう。

なお、本作から,以後長きに渡り彼らをサポートしていくことになるレコーディング・エンジニアでありブレーンでもあるアケ・リントン 氏 ( Ake Linton )  が参加している。
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2009/11/13 | Comment (4) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

E.S.T. / When Everyone Has Gone

   ↑  2009/11/12 (木)  カテゴリー: group

est when everyone




北極海から届く風。
フィヨルドの香り。
極寒の地,スヴェーデンの白夜の夢は続く。

1993年のE.S.T. のデビュー・アルバム。
静謐な空気感が怖いくらい生々しく伝わってくる名盤と言ってよいだろう。<電化>スイッチがまだオンされていない状態のアンプラグドなE.S.T. が聴ける貴重な作品でもある。

この路線で歩んで行ったら,ヨーロピアン抒情派ピアニストの中の目立たぬ“ one of them ”で終わっていたかもしれない。

肌を突き刺す北風。
深く沈みこむ藍色の北極海。
荒涼としたスウェーデンの大地。
極寒の地,ストックホルムで、当時は連日連夜、このようなジャズが繰り広げられていたのだろうか。

その後のE.S.T. からは全く想像できない純粋な抒情派路線の新鋭としてデビューした3人は,当時まだ20歳代の若者だった。

 
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2009/11/12 | Comment (6) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Marco Tamburini / Thinking of You

   ↑  2009/11/12 (木)  カテゴリー: trumpet

marco tamburini think of you



母国イタリアでは80年代から第一線で活躍してきたベテラン・トランペッター、マルコ・タンブリーニ ( Marco Tamburini , 1959~ ) だが、昨今のイタリアン・ジャズ・ブームの中にあっても、日本のジャズ・ファンの間で話題にのぼることはほとんどなかったのではないか。

がしかし、暮れから来年にかけて、ついに国内盤2作品に彼が登場することがわかった。リーダー作ではないのが残念だが、国内盤の強みに肖って、このあたりで一気に認知度をアップさせてもらえればと願っている。

まずは、ポニー・キャニオンの欧州ジャズ系レーベル M & I Music から11月18日にリリース予定のファブリツィオ・ボッソの最新作 『 Black Spirit 』 にタンブリーニ が2曲で客演している。同じイタリア人ながらそのスタイルが対照的な二人がどんな競演を見せてくれるか楽しみだ。

続いては、イタリアン・ジャズに特化した独立系レーベル Albore Jazz から来年1月13日に発売予定のロベルト・ガトーの新作 『 Remembering Shelly 』 にもレギュラー・メンバーとして参加している。

ガトーのクインテットは昨年までフラビオ・ボルトロ=ダニエレ・スカナピエコの2管フロント・ラインであったが、現在はマルコ・タンブリーニ=マックス・イオナータがフロントを務めている。どちらの組合わせも魅力的だが、個人的には現在のメンバーの方に惹かれる。ピアノもルカ・マンヌッツァだから、もう、、、待てない。早く聴きたい。

という訳で今日は、タンブリーニの旧作などを引っ張り出して聴いている。この 『 Thinking of You 』は1991年にイタリアのPenta Flowers から発売された作品。2年ほど前に突然再発され、日本国内に流通しはじめたPenta Flowers作品群の中の一枚。輸入盤店のポップをみると、「タンブリーニの初期作品」 と記載されているが、単独名義では彼のデビュー作だと思う。

マルセロ・トノロ ( Marcello Tonolo ) のピアノ・トリオをバックに滋味溢れる渋い音色で朗々と吹くタンブリーニ。この自然体で余裕すら感じられる佇まいが、実に素敵だ。しかし、ファブリツィオ・ボッソやフラビオ・ボルトロのような煌びやかな技巧派トランペッターに慣れた耳には、やや地味に聴こえるかもしれない。

 
Marco Tamburini / Thinking of You  ( amazon ) 星1つ星1つ星1つ
1991  Penta Flowers  CDPIA 021

Marco Tamburini  ( tp )
Marcello Tonolo  ( p )
Piero Leveratto  ( b )
Alfred Kramer  ( ds )
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2009/11/12 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Peter Asplund and His Orchestra

   ↑  2009/11/10 (火)  カテゴリー: trumpet

peter asplund satch as such



Norrbotten Big Band のリード・アルト奏者 ヨハン・ホーレン ( Johan Horlen ,1967~ ) の参加作品を一枚。

拙ブログではお馴染みのスウェーデン人トランペッター、ピーター・アスプルンド ( Peter Asplund , 1969~ ) の2000年リリースのサード・アルバム。ヨハン・ホーレン、カールマーティンア・ルムクヴィスト、ヤコブ・カールゾンを含む豪華なオーケストラを従えた作品である。また、スウェーデンの歌姫、リグモア・グスタフソンが2曲で参加し、美しくチャーミングな歌声を披露している。

タイトルにある “ Satch ” とは “ Satchmo ”  の略。つまりルイ・アームストロングのことである。
 
アスプルンド は両親が音楽教師であったこともあり幼少時から音楽に接する機会が多かった。そして4歳の時にルイ・アームストロングが奏でるトランペットの音色に強い衝撃を受け、将来ジャズ・ミュージシャンになろうと決心したという。

そんな彼にとっては最大のアイドルであるルイ・アームストロングへのオマージュとして制作されたのが本作であり、アームストロングに所縁のある曲が現代的な洒落たアレンジが施され演奏されている。
 
もう少し本作誕生の経緯について触れておこう。

それは1998年のことであった。ジェイムズ・リンカン・コリアーの著書 『 Lous Armstrong : An American Genius 』 を読んでいたアスプルンドは、アームストロングの生まれが1898年であり、ちょうどその年が100年目にあたることを知った。そこでアスプルンドは、自身の人生を決定づけた生涯の師であるアームストロングの生誕100周年によせて、記念コンサートを開こうと計画した。そして、親しいミュージシャンやスウェーデンのジャズ・シーンで活躍中の若き精鋭達に声をかけ、ビッグバンドを結成し、数回のコンサートを成功させたのだった。

本来ならそれで終わるはずだったが、驚くべきことが起こったのだった。なんとその後の調べでアームストロングの生まれは1898年ではなく、1901年であることが判明したのだ。ならばちょうどいい、再度、生誕100周年記念としてレコーディングしてしまえ~、ということで本作がリリースされたというわけである。

全10曲で、≪ I' m Confessin' ≫ や ≪ I cover The Waterfront ≫ など、アームストロングに因んだ名曲が並ぶ。

冒頭曲は唯一のアスプルンドのオリジナル ≪ Satch as Such ≫ は2分ほどのトランペット・ソロ。アームストロングのフレーズを引用して、繊細で透明感のある素晴らしいソロを聴かせる。

最終曲はお約束の ≪ What A Wonderful World ≫ で、この曲をアスプルンドとカールゾンのデュオで演奏している。透明感を湛えた淡く抒情的なフレーズが美しい。夜明け前の静寂の中で聴いていたいような、そんな曲想だ。

≪ West End Blues ≫ では、古色蒼然としたアレンジを用いて、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しているのが面白い。 ヨハン・ホーレン が唯一ソロをとっているのが ≪ I' m Confessin' ≫ で、複雑な構成の中、ソプラノで激しくうねり、浮遊する。
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2009/11/10 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Peter Erskine, Tim Hagans & The Norrbotten Big Band / Worth The Wait

   ↑  2009/11/08 (日)  カテゴリー: large ensemble

norrbotten big band worththewait 


ティム・ヘイゲンス ( Tim Hagans ) が監修を務めるスウェーデンの名門ビッグバンド、 ノルボッテン・ビッグバンド (  Norrbotten Big Band :  NBB ) にピーター・アースキンが客演したた2007年の作品。 ティム・ヘイゲンスとピーター・アースキンは、70年代初めに共にスタン・ケントン楽団に在籍し、同じ釜の飯を食った仲間。その繋がりでこの共演盤が実現したのだろう。

スウェーデンには首都ストックホルムに本部を置く Stockholm Jazz Orchestra ( SJO ) や イェーテボリを拠点に活動している Bohuslan Big Band ( BBB )  など、優秀なビッグバンドがあるが、この NBB もSJO や BBB に比べても決して遜色ない素晴らしいビッグバンドだ。

NBB の活動拠点は北スウェーデンのリューレオ市 ( Lulea )  にある。 BBB で長年、常任ベーシストとして活躍している森泰人氏によると、北スウェーデンという地は自然環境が厳しいため、スウェーデンの腕の良いミュージシャンは住みたがらず、都市部へ移り住んでしまうらしい。そのため NBB のメンバーは現地のミュージシャンではなく、ストックホルムから招聘された外部のミュージシャンが多いとのこと。

そう言われてみると、NBB のリード・アルトのヨハン・ホーレン ( Johan Horlen ,1967~ )  や人気若手ベーシストのマーティン・シェーステッド ( Martin Sjostedt ) ( 前項あり ) は、普段はストックホルムを中心に活躍していて、SJO のメンバーとして活動しているミュージシャンだ。

ただし、彼らのOfficial Web Site の 《 Musicinas 》 で現在のメンバーを確認すると、どうもヨハン・ホーレンはすでに脱退しているらしい。その代わり SJO から同バンドの看板ソリストであるテナー奏者のカールマーティンア・ルムクヴィスト ( Karl-Martin Almqvist  ) ( 関連前項あり ) が正式メンバーとして参加している。

本作は、ピーター・アースキンのソロが大々的にフィーチャーされているので、アースキン・ファンにはたまらない一枚になるであろう。しかし僕個人的には、アースキンの知性溢れる見事なプレイも然ることながら、ここでは前述アルト奏者のヨハン・ホーレン にも注目してもらいたい。日本ではほとんど無名だと思うが、その演奏能力は抜群で、誰しもが欧州ジャズの懐の深さに驚くはずだ。

ピーター・アースキンのオリジナルが3曲、ティム・ヘイゲンスのオリジナルが4曲で、全7曲収録。アレンジの殆どをヘイゲンスが手掛けている。どの曲もセンスがよく、安らぎと刺激が交互に押し寄せてくるようなダイナミックな曲が大半を占める。ホーン・アンサンブルはやや甘さがみられる箇所があるが、ソリストはそれぞれ個性的で巧いし、総体としては世界レベルと云ってよいのではないか。少なくともスウェーデンの田舎のローカルバンドを匂わせる野暮ったさは皆無で、アースキンの貢献もあるのだろうが、非常に洗練された印象を受ける。本作は発売時、Down Beat 誌で四つ星を獲得しており、評論家の評価もすこぶる良かったようだ。

NBB の Web Site によると、本年の5月にはピーター・アースキンとの第二弾作品をレコーディングするため、訪米しているとのこと。しかもゲストとしてランディー・ブレッカー、ジョー・ロバーノ、デイヴ・リーブマンらも参加しているらしい。これはすごく楽しみだね。

Peter Erskine, Tim Hagans & The Norrbotten Big Band / Worth The Wait
( amazon )
  2007  Fuzzy Music  PEPCD015
星1つ星1つ星1つ星1つ

JazzTimes の記事はこちら
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Quartto Trevi feat. Max Ionata / Night Walk

   ↑  2009/11/07 (土)  カテゴリー: tenor

max ionata night walk

 


イタリア人テナー奏者、マックス・イオナータ ( Max Ionata , 1972~ ) の通算7作目となる最新作。

今年3月に国内大手のポニー・キャニオンがデ・ジャヴ・レーベルを主宰するイタリア・ジャズ界の重要人物パウロ・スコッティをプロデューサーに迎えてイタリアン・ジャズ専門レーベル、 Norma Blue を発足させた。すでに数枚の作品をコンスタントにリリースしているようだが、今回のマックスの最新作もそのNorma Blueからの一枚である。マックスの作品としては、すでに今年7月に豊田聡氏が主宰するインディペンデント・レーベル、アルボーレ・ジャズ ( Albore Jazz ) から 『 Inspiration 』 (  前項あり )  がリリースされているが、国内におけるメジャー・レコード会社からの作品としては初めての作品だ。

本作は一応、 Quartetto Trevi 名義の作品だが、実質上マックスの作品と云って良いだろう。ダリオ・ロスグリオーネ ( b ) 、マルセロ・デ・レオナルド ( ds )、ロベルト・タレンツィ ( p ) のピアノ・トリオをバックにマックスが吹きまくるワン・ホーン・カルテット編成に期待が高まる。マックスの純粋なワン・ホーン・カルテット編成によるリーダー作としては、2003年の『 Little Hand 』 以来6年ぶりである。

マックスの自曲が3曲、ピアノのトレンツィの自曲が3曲、シダー・ウォルトンの≪ Bolivia ≫、有名なイングランド民謡≪ Greensleeves ≫、その他で全10曲。

コルトレーンへの敬意を込めたモーダル・ジャズ・カルテットの決定盤 ”  というCD帯のコピーから想像するに、本作のテーマは“ コルトレーンへのオマージュ ” なのか? だから≪ Greensleeves ≫なのか。聴く前から嫌な予感。どうしてもコルトレーンとマックスが僕の頭の中でリンクしないのだ。これはヤリ手プロデューサー、パウロ・スコッティの戦略なのか。そうだよな、“ ロリンズへの敬意を込めたモーダル・ジャズ・カルテットの決定盤 ” じゃ、クラブ・ジャズ界隈では売れないしね。
 
ついでにこの帯について言っちゃうが、 “ モーダル・ジャズ・カルテットの決定盤 ” って、まだ誰も聴いていない作品に対して決定盤はないんじゃないのか。誰が決定したのか?え?よくわからん。

ついでにもう一つ。“ イタリアのモダン・ジャズ史における第一人者、マックス・イオナータ ”  とあるが、マックスって第一人者だったの? ジアンニ・バッソが第一人者じゃなかったの? エラルド・ボロンテは?エンゾ・スパッコはどうなの? ジャンカルロ・バリゴッツィのほうがマックスより後生だったけ? などと突っ込みをいれたくなる。 いづれにしても、とても誤解を招きやすいコピーではないか。

閑話休題。実際に聴くまでは、もっとモーダルな作品なのかと思っていたが、実際はそうでもない。中にはそういう曲もあるあが、マックス自身はいつもと変わらず歌心溢れる芳醇なメロディーを吹奏する。それに対してタレンツィのピアノはマッコイを彷彿させるモーダルな高速ラインと重層コードでマックスを執拗に煽るのだ。この両者の関係がいまひとつ噛み合っていないように思えて仕方ない。二人の音楽的趣向が全然違った方向を向いているのではないか。

タレンツィが下手なわけでは決てない。むしろかなりの技巧派だ。1977年、ミラノ生まれのタレンツィはキャリアの早い時期からエンリコ・イントラ・ビッグバンドの常任ピアニストとして活躍。その後もフランコ・セリ、フランコ・アンブロゼッティ、エンリコ・ラヴァ、ファブリツィオ・ボッソ、パオロ・フレズらなど伊国の一流どころのサポートを務め、現在はステファノ・ディ・バティスタのカルテットで活躍するなど、すでにかなりの実績を積んでいる精鋭なのだ。さらには2006年のセロニアス・モンク・・ジャズ・コンペティションでセミファイナリストに選出されてもいる。

そんな素晴らしいキャリアを持ったタレンツィなのだが、どうも唯我独尊型、あるいは自己追求型のピアニストのようで、マックスがソロをを吹いていようがいまいが関係なく、ガンガン打鍵する。これが聴いていてムショウに耳に付いてしまうのだ。本作唯一のピアノ・トリオによる曲 M-6 ≪ Mental Telepathy ≫ や、彼のMy Space にアップされている自己作品などを聴くと、なかなか鋭く力強いピアノを弾くピアニストで好感が持てるだけに残念だ。

本作を聴き終えた後、久しぶりにマックスの前作 『 Inspiration 』 を聴き返してみたが、やっぱりルカ・マンヌッツァ の方が遥かにマックスとの相性は良いように感じた。マンヌッツァも時にマッコイ風のイケイケ・モード奏法にモード・チェンジするが、きちんと周囲の息使いを察知したうえでの、適切な場面での適切な音としてのモード・チェンジなので、むしろ心地よく感じるのだ。ソング・ライティング能力もマンヌッツァの方が一枚も二枚も上だしね。

Quartto Trevi feat. Max Ionata  /  Night Walk  星1つ星1つ星半分
2009  Norma Blu  PCCY-50062

Max Ionata  ( ts )
Dario Rosciglione  ( b )
Roberto Terenzi  ( p )
Marcello di Leonardo  ( ds )
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2009/11/07 | Comment (11) | Trackback (3) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Joe Martin / Not By Chance

   ↑  2009/11/05 (木)  カテゴリー: bass

joe_martin _not by chance



ニューヨークで活躍中のベーシスト、ジョー・マーティン ( Joe Martin , Kansas City , 1970~ ) の最新作。

自身のリーダー作としては、2002年に FSNT からリリースされた『 Passage』 に続く二作目となる。本作の瞠目すべき点は何と云ってもクリス・ポッターとブラッド・メルドーの参加に尽きるだろう。大体において、ジョー・マーティンなんてベーシストを知っている人はほとんどいないだろうから、本作を買うファンは、クリス・ポッター・ファンかブラッド・メルドー・ファンか、あるいは両方のファンだろう。

僕はマーク・ターナー狙いで買ったマーティンの前作 『 Passage』 を所有していたが、その美しいジャケット・デザインは覚えていたものの、その内容についてはまったく記憶に残っていなかった。今回、この新作を聴いたついでに前作を聴き返してみたが、幻夢的な美しさが全編に横溢したなかなかの好盤だった。ただし、やはり彼のベースにはこれといった特徴は聴き取れなかった。

全9曲で、ジャコの《 The  Balloon Song 》 以外はすべてマーティンのオリジナル。デビュー作もそうだったが、彼のオリジナルはとても美しい。別段フックの効いた曲を書くわけではないが、60年代のモード・ジャズに代表される古典的な美と、現代コンテンポラリー・ジャズの浮遊するスリル感が融合した美曲を彼は書くことができる。

率直に云わせてもらうと、彼のベースには聴いてすぐ彼のプレイだと分かるような特徴が見られない。系統的には当然NYコンテンポラリー系にカテゴライズされるのだろうが、この分野ではすでに確固たる地位を築いているスコット・コリーやリューベン・ロジャーズやラリー・グレナディアやマット・ペンマンらなどに比べて、マーティンが音楽的アドバンテージがあるとは到底思えない。( アドバンテージがあるとすれば、前述したように作曲力ぐらいだろうか。)


それでも、生き馬の目を抜くニューヨークのジャズ界で、マークー・ターナー、カート・ローゼンウィンケル、ジョーゴードンらなど、多くの一流ミュージシャンから信認されているという事実を鑑みると、僕らにはわからないそれ相当の音楽的な魅力が彼にはあるのだろうと想像する。

( そのような閉ざされたプロ・ミュージシャンの世界における内部評価って、わかるはずないよね。まあ、どの社会でも外部評価と内部評価の乖離ってあるものだし。 )

閑話休題。兎に角、本作の聴き所はクリポタとメルドーなのだが、このふたり、自己のリーダー作で見せる鬼気迫る超絶技巧のプレイとは違って、比較的普通っぽい演奏をしているのが面白い。まあ、そのあたりに激しく物足りなさを感じるファンもいるであろうことは理解できるが、僕はこの緩い感じの二人がけっこう好きだ。プロは常にパフォーマンスを最大化すればイイ、というものではないのだ。

だからといって彼らが手を抜いているわけでは決してない。弛緩しない程度の緊張感は最後まで持続しているし、頂点を極めた者同士だけに許されたコミュニケーション・プロトコルを用いて、素晴らしいインタープレイを展開している。

メルドーは他のミュージシャンのサポートにまわると、時として非常に人間味のある優しい表情を垣間見せることがある。いわば変身前の姿が本作には記録されている訳で、そこがメルドー・ファンには嬉しいのだ。メルドーといえど、常にクライマックスフォームで戦っているのではない、のだ。

クリポタも余裕のソロを展開しているが、そこは百戦錬磨のクリポタ。他の誰にも真似できない斬新なパッセージを矢継ぎ早に繰り出し、聴く者を圧倒する。

思うに、クリポタの凄ところは、常に未知のフレーズを創造しながらアドリブを構築していけるところだ。世の中には数多のサックス・プレーヤがいるが、どのプレーヤーも似たりよったりのフレーズに終始しているように聴こえる。サックスの機能的構造の制約下のもとでは、吹きやすいフレーズと、指順の関係で極めて吹くのが困難なフレーズがあると思う。その結果、長いジャズ・サックスの歴史の中で頻繁に用いられるフレーズと淘汰されていくフレーズ、さらには歴史上、まったく吹かれることのなかった音列などがあるのだろう。プリポタの凄いところは、そのようなサックスの構造的制約あるいは限界をさらっと超えたところでアドリブを構築できることだと思う。

とまあ、そんなことを考えながら聴いている。各曲の詳細については僕のブログお仲間さんたちが書いているので割愛するが、コルトレーン・カルテットを喚起させるような M-6 《 Once Before 》 やジャコの複雑なコード進行からフリー・フォームに移行する M-5 《 The Balloon Song 》など、なかなか凝った楽曲が揃っていて文句なしの秀盤だ。

最後に録音について一言。面白いことにクリポタのサックスが左チャンネルに、マーカス・ギルモアのドラムが右チャンネルに定位しているのだ。偏っているのではなく、クリポタは完全に左チャンネルからしか聴こえないし、ギルモアは完全に右チャンネルからしか聴こえないのだ。ピアノとベースは中央に定位しているので、このCDをヘッドフォンで聴くとき、左のヘッドフォンをはずして右だけで聴くと、なんとブラッド・メルドー・トリオの演奏になってしまう!  わけだ。録音はあのジェームズ・ファーバーなのだが、こんな録音は初めて聴いた。
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2009/11/05 | Comment (12) | Trackback (6) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Seamus Blake / Bellwether

   ↑  2009/11/03 (火)  カテゴリー: tenor

seamus blake bellwether



ニューヨークで活躍中のコンテンンポラリー系テナー奏者、シーマス・ブレイク ( Seamus Blake , England , 1969~ ) の通算7枚目の新作。昨年、 イタリアの新興レーベル Jazz Eyes からリリースされた実況盤2枚組作品 『 Live in Italy 』 ( 前項あり )  が極めて刺激的な傑作で, ブログ仲間の間でもちょっとした話題になったのも記憶に新しいところ。今回は再びCriss Cross に戻って制作された同レーベル通算6枚目となる作品である。

2007年のCriss Cross 作品 『 Way Out Willy 』 とほぼ同様のレギュラー・メンバーでの録音。デヴィッド・キコスキー ( p ) 、ラージュ・ルンド ( g ) 、ビル・スチュアート ( ds ) はそのまま残留し、ベースがオルランド・レ・フレミングから、オーストラリア出身で現在はニューヨークで活躍中のマット・クローシー ( Matt Clohesy ) に交代している。

全7曲で、ジョン・スコフィールド作の≪ Dance Me Home ≫、ドビュッシーの≪ String Quartet in G Minor ≫ 以外はすべてシーマスのオリジナル曲という構成。この他者の2曲は『 Live in Ilaly 』でも演奏していた曲だ。

冒頭曲 ≪ Dance Me Home ≫からいきなりメンバーの凄技が炸裂。最後列から繰り出されるビル・スチュの煽情的なパッシング。シーマスとラージュの超イカすユニゾン・テーマ。キコスキのスケール感豊かなモーダルなソロも健在だ。原曲はジョンスコの87年作品 『 Loud Jazz 』 に収録されていたミディアム・エイト・ビートの曲だったが、本カヴァは速めのフォー・ビートで演奏されている。  

2曲目≪ A Beleza Que Vem ≫ はスローのラテン・ワルツをベースに、シーマスは優雅なソプラノを披露。本来のシーマスのイメージからはちょっとギャップがあるが、これがまた適度な脱力感を誘う美曲。

3曲目≪ Subterfuge ≫ は再び緊張感あふれる濃密な非フォー・ビート。ここでもビルスチュは頻拍性不整脈パルスを発し、激しくフロントを煽る。今日のビルスチュは乗りに乗っているようだ。ラージュのソロも実に美しい。ジョー・パスの影響も見え隠れするが、ベン・モンダーやマイク・モレノに近い奏法でソロをとる。まあ、彼はどんなスタイルにもアダプトできる演奏力を持っている訳だが。

貫禄すら感じさせる堂々としたソロを聴かせるシーマスの筆による美旋律バラード M-4 ≪ The Song That Lives Inside  ≫。
 
  5/4拍子の浮遊感漂うタイトル曲 M-5 ≪ Bellwether ≫。パット・メセニーを彷彿とさせるラージュのソロも素晴らしい。その計り知れない潜在能力に驚いてしまう。まさに変幻自在の脅威の新人だ。

高速7拍子の M-6 ≪ Minor Celebrity ≫を経て、最終曲はドビュッシーの≪ String Quartet in G Minor ≫のカヴァ。キコスキとシーマスのソプラノでゆっくりと優雅に始まる。EGEA諸作のチェンバー・ジャズを想起させるサウンドから徐々に陰影感のある高尚な音世界に移行して行く。シーマスのどこまでも透明なソプラノの音がいつまでも頭の中で鳴り響く。
 
シーマスは子供のころはクラシックのバイオリンを習っていたことがあり、このドビュッシーの弦楽四重奏は大学時代によく聴いたそうだ。

僕個人的に云えば、電化サックスを過激に吹きまくっていたファンク・ジャズ作品 『 Bloomdaddies 』 ( 1996 Criss Cross ) あたりが最もシーマスらしさが表出していた時期だと思っているので、今回の全編アコースティックで比較的真っ当なジャズを聴いていると、なんだか時間軸を逆走しているような錯覚を覚える。

がしかし、これはこれで彼の瑞々しく洒落たセンスが光る傑作であることは間違いない。しかも彼は確実に巧くなっている。ミュージシャンの演奏力は、年々その性能を確実にアップさせていく家電製品と違って、必ずしも経年向上していくわけではないので、シーマスのようなプロのミュージシャンは珍しいのではないか。

クリス・ポッター同様、NYコンテンポラリー系では目覚ましい進化を遂げているシーマスに、今後も目が離せない。

Seamus Blake / Bellwether  ( amazon )  星1つ星1つ星1つ星1つ
2009  Criss Cross  1317

Seamus Blake  ( ts, ss )
Lage Lund  ( g )
David Kikoski  ( p )
Matt Clohesy  ( b )
Bill Stewart  ( ds )
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2009/11/03 | Comment (10) | Trackback (3) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

Misha Piatigorsky / 17 Rooms

   ↑  2009/11/01 (日)  カテゴリー: piano

Misha piatigorsky 17 rooms



モスクワ出身で、現在はニューヨーク在住のピアニスト、ミシャ・ピアティゴルスキ ( Misha Piatigorsky , 1972~ ) の通算8作目となる最新作。

ロシア出身と聞いただけでスパルタニズムなクラシック音楽教育で培われた超絶技巧の馬鹿テク・ピアニストを想像するだろう。食肉界で喩えるなら、松坂産というブランドがその旨さを保証しているのと同様に、ロシア産ピアニストというブランドはその巧さを保証するものであると云える。

しかし、エヴジェニー・レベデフ、エルダー・ジャンギロフ、それからティグラン・ハマシャンらなど、米国で活躍するロシア出身の精鋭達に比べるとピアティゴルスキ はややテクニック的には見劣りするかもしれない。

それでも、2007年の前作 『 Uncommon Circumstance 』 は日本でも輸入盤ウォッチャーらから高い評価を得たり、その後に再発された初期作品なども好評を博し、彼を密かに愛するファンはけっこう多い。僕もそんなファンの一人だ。

メンバー的にはドラマーが前作同様、アリ・ホーニグが担当しているが、ベースはオーストリア出身のハンス・グラヴィシュニヒ ( Hans Glawischnig ) から、モスクワ出身でミンガス・フォロワーの最右翼として活躍中のボリス・コズロフに変更されている。

前作はローズなども取り入れたコンテンポラリー路線に接近したジャズであったが、今回は完全にアンプアグドで、比較的オーソドックスなジャズを演奏している。ただし、ピアティゴルスキの自曲群は、カタルーニャの酒場からベルサイユ宮殿の祝宴まで、様々な夢の世界に聴き手を誘う、非常に色彩感豊かな曲ばかりだ。

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Alessandro Carabelli feat. Franco Ambrosetti / Aphrodite ( ReEntry )

   ↑  2009/11/01 (日)  カテゴリー: piano

alessandro carabelli



リーダーのピアニスト,アッレサンドロ・カラベリ ( Alessandro Carabelli ) はイタリアのヴァレーゼ生まれの42歳。初めて耳にする名前だが経歴をみると既に15年にわたり音楽活動をしてきたベテランのようだ。ただし今までの共演者リストを見る限りほとんどがイタリア国内のミュージシャンで,しかもリーダー作は本作を含めて2作品しかなく,日本ではよほどイタリアン・ジャズをウォッチしているファン以外は今まで馴染みがなかったと思われる。

全編彼のオリジナルで,基本的には Jarrett-style を踏襲する抒情派ピアニストだが,あくまでイタリアン・スパイスをふりかけた陰影豊かな哀愁感漂う作風だ。

地中海色の光と影のコントラスト。光は眼が眩むばかりに輝きを放ち,影は闇の世界に深く沈みこむ。そんな繊細な色彩情景を喚起させる楽曲が並んでいる。

タイトルの『 Aphrodite 』(アフロディーテ)とはギリシャ神話におけるオリンポス十二神の一柱で,「愛と美の女神」(英語名はVenus)のこと。まさに1曲1曲がイタリアン・ルネッサンスの絵画を鑑賞しているかのようだ。

フランコ・アンブロゼッティが抑制を効かせた甘美で優雅なミュートを披露し,ルシアーノ・ザドロの優しいナイロン弦ギターの音色も素敵で,それにも増してカラベリの涙腺直撃の美メロにうっとりと,なんてイタリアーノなジャズなの~,とイタリアに行ったこともないのに叫んでしまいそうだ。そうそう,“ EGEA サウンド + ドラム ”のような趣もある。

最近BGMとして頻繁に聴いていますが,不思議と飽きない。全体に大人しいサウンドで緩急起伏に乏しく一般受けはしないかもしれないが,イタリアン・ジャズ・ウォッチャーには自信を持ってお薦めできる作品だ。

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Franco Ambrosetti / Grazie Italia

   ↑  2009/11/01 (日)  カテゴリー: trumpet

franco ambrosetti grazie italia

ちょっと早起きした日曜日の朝。薄紫に色付きはじめた東の空を眺めていたら、無性にアンブロゼッティ を聴きたくなった。

イタリア系スイス人であるフランコ・アンブロゼッティ ( Franco Ambrosetti , 1941~ ) がイタリアのカンツォーネや民謡を題材にして2000年に制作したイタリア賛歌集。

アンブロゼッティ はイタリアとの国境に近いスイスの南部の都市、ルガーノ ( Lugano ) に生まれた。スイスのイタリア語圏では最大の都市だ。サックス奏者である父親、フラヴィオ・アンブロゼッティがそうであったように、彼もまた60年代から国境を越えてほどないところに位置するミラノで音楽活動を開始していた。そのため、文化的にはもちろんのこと、音楽的にもイタリアから多大なる恩恵を受けていたようだ。

イタリアでの40年以上にわたる演奏活動を通じて、彼は数々の素晴らしいイタリア音楽に接し、それらを自分のレパートリーとして演奏してきた。

そして、アメリカで誕生したジャズが、母国アメリカの愛唱歌をスタンダードとして演奏するように、欧州のミュージシャンも自らの国の愛唱歌をジャズで演奏するべきだよね、という気持ちから本作を企画したと、アンブロゼッティは語っている。

本作では曲によってメンバー編成を変えている。ソロからカルテット、最も大編成な曲ではテンテットなど、カラフルだ。管陣営ではエンリコ・ワヴァやマウリツィオ・ジャンマルコなどベテランの参加が目を引く。フランコの息子であり、たびたびフランコの作品で共演しているソプラノ奏者、ジャンルカ・アンブロゼッティも参加しているし、さらにフランコの父親、フラヴィオもゲスト出演しているのも微笑ましい。親子三代で奏でる ≪Estate ≫に胸が熱くなる。

ピアノはアントニオ・ファラオが5曲、ダト・モロニが6曲担当している。イタリア最強の豪腕ピアニストを聴き比べられるのも嬉しい。そしてフリオ・デ・カステリ、ロベルト・ガトーがボトムを支える。

冒頭曲、≪ Roma Nun Fa La Stupida ≫ ( ローマよ今夜はふざけないで ) を聴いただけで、訳もなく幸せな気分になってくる。この曲はナポレオン時代のローマの下町を舞台に庶民の英雄の大男が大暴れする恋とアクションの痛快劇 『 ルガンティーノ 』 の 中で繰り返し歌われ、フィナーレでは全員で歌う劇中最大のヒット曲。

僕個人的には、イタリアの曲と云って真っ先に頭に思い浮かべるのがこの ≪ローマよ今夜はふざけないで≫ だ。イタリア独特の哀愁に満ちた美味しいメロディーが満載の美曲だろう。 ジャズ・ミュージシャンにもカヴァーされることもある ≪ローマよ今夜はふざけないで≫だが、古いところではアルド・ロマーノの93年作品 『 Canzoni 』 でパオロ・フレズが吹いている。最近ではファブリツィオ・ボッソ&アントネロ・サリスの作品 『 Stunt 』 にも収録されている。僕が一番好きなカヴァーはラリー・フランコ ( Larry Franco ) の『 Import-Export 』に収録されているヴァージョンで、≪ Bye Bye Blackbird ≫ を引用しながらの洒落たカヴァーだ。



Larry Franco - Franco Ambrosetti - Ornella Vanoni - Paolo Fresu



その他の曲は割愛するが、存外、聴いたことがない曲も多くあり、何度聴いても新鮮な驚きを発見できる曲が並んでいる。

ちょっと甘酸っぱいアンブロゼッティの音色とカンツォーネの哀愁美漂うメロディーが溶け合い、芳醇な香りを放ち、心地よい陶酔感を誘う。

 

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