雨の日にはジャズを聴きながら90年代以降のジャズを気ままに綴っています。 旧ブログ 『 雨の日には JAZZ を聴きながら 』 からのデータ移行は終了しました。ジャズ以外にも、時々デジタル関連の物欲記事、最近ハマっているカメラの話題も少しアップしています。 

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南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

   ↑  2009/04/23 (木)  カテゴリー: book
minami hirosi USA 
 


ジャズピアニスト南博氏の文筆家デビュー作 『 白鍵と黒鍵の間に 』 は、小岩のキャバレーでヌード演歌の歌伴をしていた高校時代から、世の中がバブル景気で浮かれていた80年代後半の銀座で、高級クラブのバンドマンとして気鬱な日々を送っていた頃までを描いた自伝エッセイだった。本新作はその続編である。

「いくら大枚の金をもらっている身としても、結局、金よりも大切な何かを失うことになってしまう。」
「金をためてアメリカへ留学しよう。」

ギャラは破格でもクラブの歌伴として生きていくことに疑問を感じた南は、本物のジャズへの憧れを抱き、ボストンのバークリー音楽院に留学を果たした。今回の物語はそこから始まる。

はじめは言葉や人種の壁に阻まれ、なかなか思うようにことが運ばない。孤独感に苛まれ、来る場所を間違ったのではないかと一時は後悔もする。しかし南は様々な苦境を乗り越えながら米国で生きていく。

日本人を見下す不遜で意地の悪い教師によるアンサンブル授業。

譜面もよめないような田舎出身のティーンエイジャーに交じってのイヤー・トレーニング。

ひとつひとつのエピソードが実に面白い。僕らジャズ・ファンにとってバークレーは、最高級の設備と教師陣を提供するジャズの超エリート学校、というイメージがあるが、実際にはそうでもないことがこのエッセイを読み進めるうちにわかってくる。練習用のピアノだって調律されていないボロボロの代物だったりするのだ。

しかし、世界中から我こそは、とバークレーめがけて集まってくるプレーヤーのレベルは言うまでもなく非常に高い。授業後の自由時間を利用して夜な夜な行われるセッションを通じて南は、≪ セッションをすることが、バークリーの最大のメリット ≫ であることに気づいていく。

「その当時でさえ、バークリーの音楽理論を日本で勉強することは、不可能なことではなかった。ただ、世界中から集まってきたアメリカ人を含むセッションの場、これは、東京にいたのでは一億円カネを積んでも得られない環境であると思った。」

さらに学内のセッションに飽き足らなくなった南は、ロックスベリーというヤバい黒人街にあるクラブでのセッションにのめり込んでいく。ボストン訛りの汚いスラングが飛び交う黒人達の中に交じり、彼は貪欲に本物のジャズのテクニックやスピリットを学んでいった。その姿勢は非常に貪欲だ。そう、貪欲にチャンスをものにしていかなければ生きていけない。それがアメリカのルールだ。黒板に向かい、静かに授業を受けていただけではいくらバークリーに留学してもプロとしての職にはありつけないのだ。

そして、バークリーから吸収できるものはなんでも吸収してしまおうとする貪欲なその探求心、向上心は、ついにはクリスチャン・ジェイコブやスティーブ・キューンといった大物ミュージシャンの個人指導をも可能にする。この章はクリスチャン・ジェイコブやスティーブ・キューンの大ファンである僕にとっては非常に魅力的で貴重な話でいっぱいだった。彼らの人間性や人柄などのインサイドな情報は、ジャズの専門雑誌などをいくら読んでいても得られないものだから。

定職につかぬまま、宙ぶらりんな状態でボストン界隈で音楽活動を続けていた1994年、何気なく応募したグリーンカードの抽選で幸運にも当選し、アメリカの永住権を得る。永住権を得るということは、つまりは税金を払う義務が生じたということだ。日本に帰るか、それともこのままアメリカで生きていくかの決断を迫られる。

「銀座のナイトクラブでピアノを弾いて、大枚のカネを稼ぎ、それを元手にボストンのバークリー音楽大学に留学し、卒業後、ビザのことを気にしなくても、このアメリカという国にリーガルに住める権利を得た。僕の人生にしては大ヒットじゃないか。( 中略 ) いずれにしせよ、ボストンでずっとピアノの練習をしているわけにもいかないし、日本に帰ったところで、何か大きなことが待っているわけでもないし。加えて、あれだけ銀座で稼いだカネも、さすがに底をつきはじめていた。仕事を探すにしても、ボストンよりニューヨークの方が見つけやすいのではないか。とにかく今行かないと、後で後悔するんじゃないか。」

アメリカに来て既に4年の月日が流れようとしていた。南はトランク2個に荷物をまとて、ルームメイトの日本人女性、アヤちゃんとヨシちゃんに見送られニューヨークに旅立った。本作はここで終るが、一作目の 『 白鍵と黒鍵の間に 』 を読み終えたときと同様、はやく続き( 『 ジャズピアニスト・エレジー ニューヨーク編 』 ) が読みたくなる結末である。ただ、南氏の経歴を見る限り、その後ほどなくして活動の拠点を日本に移しているようだ。
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Comment


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

 あらすじを読んでいるだけでも、どきどきします。
相手がどうした?
相手がどうだったか?
ではなく、自分がいかにベストを尽くしたか?
どう努力して、運を引き寄せていくか?
の姿勢には、大きな学びがありますね。
連休に読む本がみつかりました。

 最近バラードを聴き過ぎて、頭がフワフワしていたので、バランスが取れそうです!

ひまわり |  2009/04/24 (金) 22:21 No.306


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

Crissさん こんばんは 山帽子です。

Linkをはらせて頂いた矢先、休止になってしまい驚きましたが再開された由、何よりです。

私も今この本を読み進めているところで、前作(『白鍵と黒鍵の間に』)が余りに素晴らしく面白かったので昨年7月頃ブログに取り上げました。内容も然ることながら文章力、構成力に感嘆し、優れたピアニストは文章の出来も各段だと感心したものです。

今作では1988年の渡米から始まっているので好きな1991年録音『Message For Parlienna』についての言及があるかなぁと期待しながら読んでいます。

『Like Someone In Love』収録の“My Foolish Heart”が好いBGMになっていますね。出だし、そこはかな崩しが絶妙です。

山帽子 |  2009/04/24 (金) 22:37 No.307


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

ひまわりさん、こんばんわ。

>連休に読む本がみつかりました。

どうせ読むなら、絶対、一作目から読んだほうがいいですよ。
それに一作目のほうが面白いかもしれないし。

どうか楽しい休日をお過ごしください。

criss to ひまわりさん |  2009/04/25 (土) 21:11 No.310


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

>Linkをはらせて頂いた矢先、休止になってしまい驚きましたが再開された由、何よりです。

ホント、リンク貼ってもらってすぐ閉鎖ですから、アレレ、てな感じですよね。どうもすみませんでした。またしばらく続けられそうですので、どうかよろしく。

>『Message For Parlienna』についての言及があるかなぁと期待しながら読んでいます。

最後にでてきますよ。ジム・ブラックについても書かれています。

『Message For Parlienna』お持ちなんですか?
すごいな~。山帽子さんってやっぱりレア盤いっぱい持ってますよね。

僕も『Message For Parlienna』がほしいんですが、
一度も見かけたことすらないです。かなりレアですよね。

criss to 山帽子さん |  2009/04/25 (土) 21:17 No.311


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

Crissさん、こんにちは。


今回の記事ですが、個人的に色々な意味で頷ける内容が多かったので、少し述べさせて頂こうと思いました。少し硬い話になりますので、適当に流して頂ければと思います。

>>「いくら大枚の金をもらっている身としても、結局、金よりも大切な何かを失うことになってしまう。」
「金をためてアメリカへ留学しよう。」


外国人は、学生ビザでは働けないので、(でも、実際には、陰でアルバイトしていましたが。。見つかれば強制送還になります。)お金を貯めないとなんですよね。自分も当時、オーディションに受かってから、音楽から離れ、音楽とは関係ない仕事に就いて、資金を貯めました。

>>本物のジャズへの憧れを抱き、ボストンのバークリー音楽院に留学を果たした。


実は、学校を選ぶ際、バークリーにも下見に行ったんです。ただ、目的がジャズではなかったのと、
唯一、目当てにしていた先生との路線が違うことに気づき断念。ボストンにある他の学校も見学したのですが、何となく雰囲気が暗く、(行った時期が冬だったせいもあるでしょうが)全体的に冷たそう~な気配を感じ、ウマが合いそうな先生にも会えず、などで、こちらも断念。西側にして良かったとつくづく思います。音楽の学ぶには、やはり師匠だと思いますが、自分にとっては、環境も大事な要素になっていました。ちなみに自分の師匠は、陽気な南アフリカ出身の白人でした。

>>はじめは言葉や人種の壁に阻まれ、なかなか思うようにことが運ばない。孤独感に苛まれ、来る場所を間違ったのではないかと一時は後悔もする。

外国人として生活するのは、本当に大変です。黄色人種が、白人社会でやって行くには、それなりの技術が、白人より秀でていないと認められないからだと思います。同等レベルくらいじゃ、直ぐに見下されます。以下では全く話になりませんし、相手もされません。言葉ではどうやったって、ネイティブにはかなわないのがつらいところです。アメリカは学歴社会で、ドイツは違うと思っていたのですが、アメリカ以上に、学歴社会だということに実感している今日この頃です。どちらかと言うと、アメリカは学歴が前に出されているのに対して、ドイツは潜んでいるという感じでしょうか。

>>日本人を見下す不遜で意地の悪い教師によるアンサンブル授業。

実際にいましたね~。ソルフェージュ(新曲・視唱)の授業での発言問題で、侮辱されたと感じたので、彼の上司にあたる先生にクレームをつけに出向きました。次の授業の際、この不適切発言をした教師が、直接誤りに来ました。そんな意味で言ったつもりじゃないとか、言っていましたが。。やはり、他の生徒のみんなの前で、見下げたような発言はするべきではないと実感しました。余談ですが、この教師は、黒人ゲイです。

>>譜面もよめないような田舎出身のティーンエイジャーに交じってのイヤー・トレーニング。


アメリカの学校全てがそうなんだと思いますが、入るのは難しくありません。(外国人は一定のレベルを提示しないといけませんが)ただ、入ってからがものすごく大変です。先生はフレンドリーでも、単位の話は別です。中々、容易く単位はくれません。落としたら、また、余分なお金を払って再受講しなくてはならないのです。なので、セメスター・オフをする学生も少なくないです。



>>僕らジャズ・ファンにとってバークレーは、最高級の設備と教師陣を提供するジャズの超エリート学校、というイメージがあるが、実際にはそうでもないことがこのエッセイを読み進めるうちにわかってくる。練習用のピアノだって調律されていないボロボロの代物だったりするのだ。



バークリーを見学した際、最初に思ったのは、学校の建物自体は、そんなに大きくなかったを記憶しています。それから、3分の1以上は、日本人の生徒で埋め尽くされていたように思えます。自分が勉強したSFの学校でさえ、各練習室にあるピアノは、吃驚するくらいのボロピアノが置いてありました。ただ、調律だけはしっかりされていました。グランドピアノの蓋がなかったり、弦が2,3本切れていたり、おまけに、椅子がないことも。。日本の音大では絶対にありえない話です。また、どうやって、練習するんだっ、ていう話になりますよね。ピアノ科の人は、本当に気の毒だと思いました。



>>しかし、世界中から我こそは、とバークレーめがけて集まってくるプレーヤーのレベルは言うまでもなく非常に高い。授業後の自由時間を利用して夜な夜な行われるセッションを通じて南は、≪ セッションをすることが、バークリーの最大のメリット ≫ であることに気づいていく。


これはひとえに、ネームバリューなんでしょうね。授業が終われば、ひたすら練習。これは、ジャズでもクラシックでも同じだと思います。ただ、今から思うのは、アメリカは、セッション(アンサンブル)をして、その後、公に演奏を発表する場所がわりと恵まれていて良い環境にある、と感じました。一流レベルから、セミ、アマのレベルまで、結構、演奏する機会が与えられているのではないかと思います。


>>彼は貪欲に本物のジャズのテクニックやスピリットを学んでいった。その姿勢は非常に貪欲だ。そう、貪欲にチャンスをものにしていかなければ生きていけない。それがアメリカのルールだ。黒板に向かい、静かに授業を受けていただけではいくらバークリーに留学してもプロとしての職にはありつけないのだ。

本当にその通りだと思います。授業中、受身体勢の多い日本人は、中々発言ができないんですよね~。この気持ちよく分かります。ただ、周りの連中からは、自分の意見も言えないアジア人くらいにしか思われていませんから、文化の違いを実感せざるを得ません。それから、本当にそうですね、バークリーを出たからと言って、その後の仕事が用意されているわけではありませんから、本当に、チャンスは自分で摑んで行かないと!なんだとつくづく思います。

>>ついにはクリスチャン・ジェイコブやスティーブ・キューンといった大物ミュージシャンの個人指導をも可能にする。ジャズの世界は良く分かりませんが、クラシックでしたら、ある程度有名教師に師事を仰ぐ場合、
その先生の気に入られた生徒しかレッスンしてもらえません。それか、全く生徒を取らないか、のどちらかだと思います。お金ではなく、見込みのない者には、指導しないというスタンスです。ジャズメンはどうなんでしょうねぇ。。今度、誰かツアーに来たら、聞いて見たいと思います。


>>何気なく応募したグリーンカードの抽選で幸運にも当選し、アメリカの永住権を得る。永住権を得るということは、つまりは税金を払う義務が生じたということだ。日本に帰るか、それともこのままアメリカで生きていくかの決断を迫られる。

実は、私も応募したことがあります。それも、2回。結局駄目でしたが。。(苦笑)今でもグリンカードがあれば、本当に便利なのになぁ。。とまだ、少し未練を感じています。ドイツよりやはり、アメリカが良いですね。いつか、ドイツの方が住みやすい!と言える様に努力したいと思っています。


>>「銀座のナイトクラブでピアノを弾いて、大枚のカネを稼ぎ、それを元手にボストンのバークリー音楽大学に留学し、卒業後、ビザのことを気にしなくても、このアメリカという国にリーガルに住める権利を得た。僕の人生にしては大ヒットじゃないか。( 中略 ) いずれにしせよ、ボストンでずっとピアノの練習をしているわけにもいかないし、日本に帰ったところで、何か大きなことが待っているわけでもないし。加えて、あれだけ銀座で稼いだカネも、さすがに底をつきはじめていた。仕事を探すにしても、ボストンよりニューヨークの方が見つけやすいのではないか。とにかく今行かないと、後で後悔するんじゃないか。」



この気持ちの揺れが良~く分かりますね。。これは、ドイツでも同じことで、ここの音大を出て、何とかここで生活をしたいという知り合い日本人が何人かいます。音楽家でやっていくには、日本より断然良い環境だそうです。ドイツ人の伴侶を見つければ一番早いのでしょうが、そういう分けには行かないですしね。。自分のように、ドイツに来たくて来た分けではない人も、居るのに。。人生、分からないですね。

かなり長くなりましたが、自分の少ない経験を少し綴らせて頂きました。月日の経つのは本当に早いし、アメリカに住んでいたことさえ、忘れかけている今日この頃です。この記事を読んで懐かしさを覚えました。

Laie |  2009/04/26 (日) 16:41 No.315


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

Laie さん、僕の一行一行に反応してくださってありがとうございます。知らなかったけど、FC2ブログって、こんな長文もコメントできるんですね。以前のGooブログは文字数制限がありましたけど。
関係ないところで驚いてます。

そういえば、Laie さんも海外で活躍されている音楽家ですもんね。南氏と似たような経験をたくさんされているのでしょうね。ボストンの冬って暗くて辛いようなことは南氏も書いてました。校舎を見てもさして感動は湧いてこなかったとも言ってます。
確かにネームバリューで世界中から学生が集まるから、その学生同士の交流がバークレーの一つの魅力なのでしょうね。


話は少々変わりますが、中学1年のときに、僕に音楽の楽しさを教えてくれた友達Aくんは、高校卒業後にバークレーに留学しました。中学の時には僕もAクンもロック(KISS、ジミヘン、チャー、ビートルズ、など)が好きで、バンドを組んで遊んでいたのですが、高校に入ると、彼は僕より先にジャズに目覚め(その当時は僕はまだプログレに夢中だった)、卒業と同時にバークレーに行っちゃったんですよ。

もともとギターを弾いていたやつですが、バークレーにはサックスで入学しました。でももともと痩せっぽちで、ひょろんとした長身だったので、肺活量を必要とするサッククが体に合わず、気胸になってしまいアメリカで4回も手術をうけるはめに。

それでもしばらくはアメリカで頑張ったんですが、結局アメリカにとどまれず、帰国し、横浜あたりで音楽学校の教師なんかをやっていました。

でも、生活は厳しかったらしく、10年以上前のことですが、妻子を残して自殺してしまいました。

お互い、学校の成績は同じくらいでしたので、勉強だけに集中すれば国立の医学部ぐらい入れただろうに、音楽に夢中になってしまたばっかりに最後は若くして自らの命を絶つことになってしまい、ほんとうに残念でなりません。


バークリーは非常に優秀な音楽家を育てるその一方で、大量のloser を生み出していることも忘れてはならないのでは、と思ってます。バークリーの光と影の両面が彼の死を通して痛感しました。

日本人のピアニストで小曽根真という人がいます。
1961年生まれで19歳でバークリーに留学し、首席で卒業。と同時にカーネギーでソロコンサートを開き、それを見に来ていたクインシー・ジョーンズの目にとまり、CBSと即契約...と、超エリートコースを歩んでいる人です。僕の友人だったAクンは小曽根とほとんど同時期にバークリーに留学しています。

小曽根を見るたびにどうしてもAクンのことを思い出してしまい、小曽根のジャズは素晴らしいのですが、いまだに聴く気になれないんですよ。

と、僕も長文になってしまいましたね。

これから仕事です。このあたりで失礼します。
では、また。

criss to Laie |  2009/04/27 (月) 08:21 No.317


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

Aさんのお話ですが、とても悲しく残念に思いました。

当時の外国人の入学条件は、どうだったんだろうと、とふと思えてしまいました。大概、実技ではアジア人の方が優秀だったりすることが少なくないです。高校を卒業されて、すぐに未知の世界へ。。それも、学部入学だとクリアしないといけない数々の講義が、もうすごく大変だったと思います。Aさん自身、途中で退学されたのか、卒業されたのか分かりませんが、もしも、途中退学されたとしても、全く不思議ではありません。

4度の手術ですか。。専門は、ギターではなかったのですね。バークリーに入りたく、専門を替えてしまったのか。。色々と想像が頭に過ぎりますが、何れにしろ、4度もの手術。。。周りに、サポートしてくれた人は居たのか、など考えてしまいます。異国での手術、とても心細かったと思います。自身も、一度の手術、一度の緊急入院をしましたが、皆、自分のことで精一杯で忙しいので、結局、退院するまで誰にも話せませんでした。

アメリカは、場所にもよると思いますが、フリーな国で住みやすい反面、一度自分を見失うと、落ちるのも早いです。誰も助けてくれない、というのを思い知らされます。

バークリーを当時見学、聴講した際、どのクラスも日本人が3分の1くらいはいましたが、全て全員卒業したかどうかは、実際には分かりません。皆固まっていて、クラスが始まっていてもお喋りなどをしていましたから。。10代後半くらいでしたね。。バークリーの人気度を確認しました。

************************************************************************************************

話は変わりますが、頂いたCDで、John Klemmerですが、全曲で40分未満でしたが、曲全体が清涼感、季節感に溢れていました。David Sanbornの音楽と少し感じが似ているような気がしました。
リズムが心地良いんですよね。大分前ですが、Huston Personというサックス奏者から、CDをもらったことがあります。こちらは、どちらかという全体的にスモーキーで、ムード感一杯という感じでした。Jerryさんのサックスともまた違いますね。

Giovanni Mirabbosiですが、CD全体で、1曲1曲が、心の変化を表現(物語になっている)しているように思えました。何か特別なテーマが決まっていて、演奏されているような気もしました。ピアノだけですが、ポップ調、現代曲、ジャズ風で構成されていて、アクセントがとても良く出ていました。何気にイマジンが入っていたところで、また、ホッとしたり。。最後の曲が、エンディング曲としてマッチしていました。

どちらも私好みで気に入りました。有難う御座いました。他の2枚は、まだ未聴ですので、少し聞き込んだら、また、感想をお知らせ出来ればと思います。

Laie |  2009/05/01 (金) 17:04 No.324


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

こんにちは、Laieさん。

彼がバークレーに行ってからは、直接の交流はなくなってしまったのですが、彼の家がごく近所だったので、親同士がよく息子たちの話をしていたようです。

卒業できたのかどうかもわかりません。あまり家族が手術のときに現地に出向いたという話も聞いていないので、アメリカでは一人で苦労したのではないでしょうか。

もともと内向的な性格で、アメリカで一人で生きていけるようなやつではなかったので、人一倍苦労したはずです。

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>John Klemmerですが、全曲で40分未満でしたが、曲全体が清涼感、季節感に溢れていました。David Sanbornの音楽と少し感じが似ているような気がしました。

ジョン・クレマーは本来、ジョン・コルトレーンというジャズの巨人のスタイルを踏襲していたのですが、時代の流れであのような今でいうsmooth jazz にたいな作品を何枚か制作したんですよ。

smooth jazz としては一級品かと思ってます。
生涯の愛聴盤です。デヴィッド・サンボーンが非常にメタリックなサウンドに対して、ジョン・クレマーは木管楽器の温かいサウンドですよね。

>Giovanni Mirabbosiですが、CD全体で、1曲1曲が、心の変化を表現(物語になっている)しているように思えました。何か特別なテーマが決まっていて、演奏されているような気もしました。

反戦歌や民謡、それからシャンソンなどの寄せ集めだったと思います。聴いた印象はとても美しいのですが、本来は結構政治色が強い作品だった、と、思います。ミラバッシならこれ! と推す人が多いですよ。

criss to Laie |  2009/05/02 (土) 06:51 No.326


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

chrissさん、こんにちは。

>>smooth jazz としては一級品かと思ってます。 生涯の愛聴盤です。デヴィッド・サンボーンが非常にメタリックなサウンドに対して

なるほど。。スムース・ジャズというカテゴリーの入るのですね。
サンボーンは、お送りしたDVDで一度チラッと聞いただけの印象でしたので、もう少し聞き比べてみないと駄目ですね。

>反戦歌や民謡、それからシャンソンなどの寄せ集めだったと思います

反戦歌ですか。。イマジンの録音に頷けます。色々なテーマが入っていたのですね。

頂いたジョン・クレーマーのCDですが、8曲のタイトルで、アマゾンで調べて見たところ、Finesseというタイトルで16曲入りのCDは見つかったのですが、8曲入りのが見つかりませんでした。お時間のある時に、曲目名を教えて頂ければ幸いです。他のCDの曲目タイトルは見つかりました。

Laie |  2009/05/03 (日) 16:13 No.329


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

>頂いたジョン・クレーマーのCDですが、8曲のタイトルで、アマゾンで調べて見たところ、Finesseというタイトルで16曲入りのCDは見つかったのですが、8曲入りのが見つかりませんでした。お時間のある時に、曲目名を教えて頂ければ幸いです。他のCDの曲目タイトルは見つかりました。

現在は wounded bird records という再発専門レーベルから「 Fiesse 」と「Magnificent Madness 」の2作品をカップリングしたCDが出ています。おそらくLaieさんがご覧になったのはそれだと思います。

僕もそのCDから焼いてお送りしたのですが、焼いた8曲は「 Fiesse 」だけです。「Magnificent Madness 」はあまり出来がよくありません。やはり録音時間が短くても「 Fiesse 」だけでCD制作してほしかったんですけどね。

この「 Fiesse 」は80年の作品なのですが、大好きでLP3枚も持ってます。というのもずーっとCD再発されなかったので、LPが次々と傷だらけになってしまい、買い直しをしてたのです。

wounded bird から再発されたのは2005年とつい最近のことなのです。このレーベルはマニアの痒いところに手が届く未CD化盤を突然再発してくれるので目が離せません。とても助かっているレーベルなんですよ。

ということで、日本はゴールデンウイーク中です。昨日まで栃木の実家に帰省してました。

では、また。

criss to Laie |  2009/05/05 (火) 02:05 No.332


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

crissさん、こんにちは。

再発専門のレーベルというのがあるのですね。なるほど。。知りませんでした。今までレーベルについて一度も考えたことがなかったので、とても新鮮な御意見です。

他のCD2枚ですが、何度か聞かせて頂いたので、感想を御報告させて頂きます。

Ulf Wakenius

優しいピアノの旋律で始まったので、全体的にしっとり夢心地気分になるようなCDなのかと思い気や、何処となく寂しく物悲しいような雰囲気を感じた作品だったと思います。ベースやスチールギター、それとも、アコースティックギターでしょうか。ピアノのメロディーを邪魔することなく、音楽的に盛り上げてくれていたように思います。心地良いメロディーとリズムがとてもマッチしていました。ペンタトニックのアリランも自然な感じに仕上がっていたと思います。時たま聞こえるうなり声も、違和感なく旋律に馴染んでいたので、全く気になりませんでした。落ち着いた気分にさせてくれる作品だと思います。

Bill Evans

頂いたCDの中で、一番ジャズぽいという感じで、大人の雰囲気を醸し出していました。品の良いバーやお洒落のバーに踏み入れた際に、聞こえてきそうなアルバムでした。随時聞こえるハーモニカの音色がピアノと良く溶け合っていたように思いました。以前買ったCDで、ハーモニカの音とアコーディオンがとても良く似ていることに気づき、それ以上に、アコーディオンとバンドネオンの音色になるとほとんど区別がつかなかったほどです。とにかく、このアルバムは、バーカウンターでグラスを傾けながら聞きたくなるような作品でした。お酒は、無理すれがカクテル一杯ぐらいは飲めるのですが、その後すぐ、カーッとなって、足もフラフラ。。すぐに眠くなるので、お酒を楽しめる感覚には程遠い見たいです。(苦笑)

どのCDもとても聞きやすくて、とても気に入りました。有難う御座いました。

>>昨日まで栃木の実家に帰省してました。

主人を一度連れて日光へ行きました。東照宮、華厳の滝に感動していました。お目当ては、ナマ猿をカメラで捉えることでしたが、生憎、出会えませんでした。

冬限定で、猿の温泉(恐らく長野県)写真が撮りたくて仕方がないようです。こちらには、野生の猿がいないので。。

Laie |  2009/05/08 (金) 15:07 No.344


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

丁寧にCDの感想を書いていただいてありがとうございます。けっこう音楽の感想文を書くのって難しくないですか?

僕はこのブログを始める前には、音楽に対する感想文を医学会雑誌に多少書いていた時期を除くとほとんどなかったのですが、このブログを初めてから、いかに音を文字にトランスレイトすることが難しいかを知りました。

ウルフ・ワケニウスに限らず、ジャズの世界には唸るミュージシャンが多いです。僕らにとっては当たり前のことですが、ジャズを初めて聴く方は驚かれるみたいですね。そういえば、大学の時付き合っていた彼女は、「キースジャレットの唸り声がスキ」という変わり者でした。関係ないけど。

>主人を一度連れて日光へ行きました。東照宮、華厳の滝に感動していました。お目当ては、ナマ猿をカメラで捉えることでしたが、生憎、出会えませんでした。

それは珍しいですね。華厳の滝あたりにはいくらでも猿が出没していますが。最近は被害が多いので何か対策でもしているのでしょうかね。

僕は猿が怖くて近寄れません。近くによってこられると震えちゃいます。

criss to Laie |  2009/05/09 (土) 08:34 No.347


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

>けっこう音楽の感想文を書くのって難しくないですか?

元々文章力がない上、音楽に対しての感想文を書くことが今までありませんでしたので、今回は良い勉強になりました。おっしゃるように、目に見えない音を文字で表現することは難しいですね。

こちらに来て、日本語の本を読むことがほとんどなくなってしまって、これではいけない、と思ってはいるものの、どうしても生活に必要なドイツ語が優先になってしまいます。音楽の感想文を書く以前に、こうやってブログに日本語でコメントさせて頂くことが自分にとっては良い勉強になっています。また、日本語でコミュニケーションが出来るというのもとても有難いし、嬉しく思います。

指導の際ですが、ない知恵を絞りながら、どうやってアプローチしたら良いか、いつも試行錯誤しています。ピアノに関しては、理論なども含め、教則本にそって指導するので、教えやすかったりするのですが、歌の場合だと、声なので、悩みます。こんな感じで、とか、その路線で、などの表現に頼ってしまうこともしばしば。。声帯の筋肉を何ミリ広げて、そのポジションで、お願いします、何て言えれば良いのですが。。。。バーン・スタインの言った、教えることは学ぶこと、といつも心して指導させてもらっています


>最近は被害が多いので何か対策でもしているのでしょうかね。

日光の猿ですが、こちらのテレビでは、凶暴な猿と紹介されて、その被害の様子を伝えています。もう何度か見ました。昨年、野生の猿を見る為に、京都の嵐山にあるモンキーパークに行ったのですが、結構な数の猿がいました。囲いなしの山の山頂に放し飼いになっていました。こちらの猿は、人懐っこいのですが、目を合わしてはいけない、と飼育係りの人に言われました。

自分達の足元に猿がいるという事実が信じられないという感じでした。主人は、猿が可愛くて仕方がないようで、また、猿を見に京都へ行きたいと言っています。カメラで猿のベストショットを撮りたいそうです。今は、冬の猿の温泉を見ることしか頭にないみたいです。。(笑)

こちらでは、この時期、車を運転していると、道路にハリネズミの死体を良く見かけます。日本だと猫が多いですよね。それから、リスも結構見かけますが、すばしっこいので道路を素早く横切ります。
それから、周りが丘が多いので、鹿が走っています。

Laie |  2009/05/09 (土) 17:30 No.349


Re: 南 博 / 鍵盤上の U.S.A.

僕は山道で狸をひいいてしまったことがありますよ。栃木の山奥ですが。

日光の猿も目を合わせなければ襲ってこないといわれてます。

それにしても、ご主人、面白い趣味をお持ちですね。顔からは想像できませんが。

今日あたりから東京もだいぶ暖かくなり、先ほどは今年初めて半袖で外出してきました。花粉症もほとんどなくなり、一年と通じて一番過ごしやすい季節となりました。

でも、ついに日本にも新型インフルエンザが入ってきました。予想はされていましたけどね。まだ3人ですが、おそらく今後たくさん増えていくことでしょう。

患者さんの中にも、心配症のかたがおられて、
「スペイン人と握手しちゃたんだけど大丈夫か調べてください」とか、
「輸入豚を食べちゃったんだけど大丈夫かしら」
などの質問をしてくる方がいます。

いちいち簡易検査するとけっこうプラスに出ちゃうんですよ。偽陽性といって、インフルエンザでないのに陽性反応がでることが多いので、安易に検査して陽性でちゃうと大変なので極力検査はしないようにしてます。もちろん疑いがあればやりますが。

幸いいまのところ我が施設では患者は出てませんが、今後はわかりません。

ということでそろそろ寝ようかな。
おやすみなさい。

criss to Laie |  2009/05/09 (土) 23:45 No.353

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